第8話 前世の記憶
「や・り・す・ぎ・だ・バカ!」
控室に戻るなり待ち構えていたニアに拳骨が飛んでくる。当然、それは魔力障壁で跳ね返された。
「こんな時にまでシールド展開してんじゃねぇ!殴らせろ!」
「んなこと言われてもな。痛いのは勘弁だ」
「ふざけんなよ!お前のせいで帝国との関係悪化したらどうしてくれんだ!」
怒り狂うニアを尻目に俺は着替えを続ける。
勝ったのだから良いだろうに、なぜここまで責められるのか分からない。
「なに呑気な顔してんだ!下手すりゃ戦争になりかねないんだぞ!」
「そんな大げさな」
俺は呆れた口調で返す。大袈裟にも程があるだろう。そもそもそんな事態に発展するような喧嘩を売った覚えもない。
「まあまあ。帝国の方の対応は父様がうまくやってくれるはずだから」
アルフェンが苦笑しながら仲裁に入ってくる。第一、今回の件は俺とて被害者だ。急に試合に出ろと言われたと思ったら、相手のご機嫌取りをしろと言われるのは筋違いだろう。
「そもそも何で俺があの姫様のために尽力しなきゃならん。ニアかアルフェンが出れば良かったろ」
「だからそれは彼女に頼まれたからだって……」
そこまで言いかけてアルフェンは口を閉ざした。何を企んでいるのやら。
「全く……それでアルフェン様、オレ達騎士団はどう動けば」
「今は見守るべきだろうね。幸い帝国側もこちらに文句を言える立場じゃないから」
「そうですか……良かった」
ほっと胸を撫で下ろすニア。相変わらず気苦労の絶えないようだった。こいつの役職上仕方のないことなんだろうが。
「(しかし、アリスか……興味深い奴だったな)」
魔力の形を自由自在に操り剣術も一流。恐らく同年代どころか大人でも彼女に勝てる者は少ないだろう。
勝敗を分けたのは間違いなく魔力量の差であり、彼女の形質変化技術は目を見張るものがあったのも事実。この世界には、まだ俺の知らない魔力の領域があるのかもしれない。
「あっ、居た居た。ミナト、ちょっといい?」
「ん?どうした?」
サポート役のカナデが戻ってきた。何やら慌てた様子で息が上がっている。
「あのね、さっき帝国の人から頼まれたんだけど、アリスさんだっけ?ミナトと話したいんだって」
「……」
思わず絶句してしまう。この流れ、十中八九試合の恨み言じゃないのか。だとしたらすげー面倒なことになる……。
「よし行け。行って土下座でもしてこい」
「嫌に決まってんだろ。何で俺が……」
「お前のせいってことにしないとオレの立場がないんだよぉ!」
ニアが涙目で訴えてくる。まさかこいつが泣き落としなんてするタイプだとは思わなかった。そこまで切羽詰まってるのか……。
「分かったよ。行きゃいいんだろ、行きゃ。カナデ、部屋は?」
「うん、案内するね」
カナデはご機嫌な様子で先導する。その後ろを俺とアルフェンが続く。
「ミナト、君はどうしてそこまで魔力統制が巧みなんだい?」
「改めて聞かれると困るが……物心ついた頃から触れていたからな。自然と身についたんだろう」
「だとしたら嫉妬しちゃうな。僕だって幼い頃から訓練を積んできたのにね」
アルフェンの言葉にカナデが同意するように何度も頷く。
「そうだよね、ミナトが凄いのは知ってたけど」
「っても、俺の場合は技術のがからっきしだからな。そこまで自慢できるもんでもない」
「謙遜なんてらしくないな」
アルフェンに揶揄われる。転生した時から魔力の鍛錬は続けてはきたが、俺にとって最大の強みはこの身体に宿る魔力量だと言わざる得ない。
そういう意味ではクロフォード王国第二王子という恵まれた血統と努力の方向性が合っていただけの話だろう。
「弟より弱い兄ってのも中々辛いものがあってね。肝心の君が好き勝手やってくれてるせいで多少の陰口で済んでるけど」
「意外と繊細だったんだな。俺の印象としてはそんな玉じゃなかったんだが」
アルフェンは曖昧に微笑んだ。確かに表面的には完璧な王子様で通ってるが実は相当な苦労人だと思う。
クロフォード家は上に上がるなら力こそ全てという家訓がある一歩、技や剣術を重んじる一族だ。そんな環境下で生まれた末弟が、型破り魔力の脳筋使いとなれば周りの反応も推して知るべしだろう。
変な意味でバランスが取れた兄弟だと自分でも思う。まぁ、この男が納得してるのかどうかは別問題だが。
「着いた。ここだね」
「僕達は御暇しようか。ニアじゃないけど、あんまり失礼がないようにしてくれよ」
「ああ、わかってる」
カナデ達と別れ俺は部屋のドアをノックした。程なくして中から返事が返ってくる。
「どうぞ」
一礼してから入室する。その中心で佇んでいたのは間違いなくアリスだった。先程までの激闘が嘘のように凛とした姿勢でこちらを見据えている。
「来てくださって感謝いたします。ミナト・クロフォード君」
「別に構わないが、何の用だ?」
単刀直入に訊ねる。こういう時は下手に話を長引かせる方が損だ。
「試合で感じた違和感についてお話ししたいと思いまして。宜しいですか?」
アリスは不敵な笑みを浮かべながら続ける。
その表情には悔しさや屈辱など微塵も感じられなかった。むしろ好奇心を抑えきれないとでも言いたげだ。
「あなたの魔力技術は素晴らしいものです。特にあのバリア……見事に圧倒されました」
「光栄だな。アリスの形質変化技術も中々に参考になったよ」
「ふふっ。お世辞だとしてもそう言っていただけて嬉しいです」
アリスは満足げに微笑む。その反応は予想外だった。負けた相手から称賛の言葉を聞くなど普通なら怒ってもおかしくない。だが、彼女はそれを自然と受け止めている。どこか異常とも思える。
「ただ、同時に不可解でもありました。あれ程の魔力を一点に集中させる技術は稀有なものです。一体どのようにして身につけられたのですか?」
アリスの口調は友好的だが質問内容は鋭い。要するに探りを入れているわけだ。
「さあな。独学だし教えられて身につけたものでもないから説明し辛いんだが……」
「なるほど……やはり特別な才覚をお持ちなのですね」
そう言って彼女は満足そうに微笑む。やはり掴みどころのない女だ。
常に敬語で話してはいるが、どこか馴れ馴れしい雰囲気もある。
まるで年上の大人を相手にしているような感覚を覚える。これが所謂カリスマというものなのだろうか。
「特別……というよりは自然な成り行きだな。魔力と俺自身の相性が良いんだろう」
「相性ですか。つまり魔力が貴方に寄り添うような感覚とでも?」
アリスの目が微かに輝く。その姿はまるで新しい玩具を見つけた子供のようだった。
「まあそんなもんだ。魔力と意志が連動してるような感じとでも思っといてくれ」
「確かに、あの障壁は単なる防御ではありませんでした。そう、私自身の攻撃エネルギーをまるで吸収するかのような……」
彼女は言葉を選ぶように慎重に話す。何かを確かめるような眼差しが俺の顔を射抜く。
「一つお尋ねします。ミナト君」
「なんだ?」
アリスが一歩近づく。アッシュブロンドの髪がわずかに揺れ甘い香りが鼻腔をくすぐった。
思わず警戒するが彼女はただ笑みを深めるだけだった。
「あなたはかつて……別の人生を歩んだことはありませんか?」
息が止まるかと思った。心臓が一拍飛んだような錯覚に襲われる。
「……何を言っている?」
平静を装って答えるが俺の声は自分でもわかるほどに震えていた。
アリスはそれを逃さない。満足げに頷くと更に踏み込んだ。
「失礼、言い方を変えましょう。あなたは──『前世』の記憶をお持ちですか?」
前世。その単語に全身の血液が逆流するような感覚に襲われた。
何故……この女がそんなことを聞く?
「面白い話だな。随分突飛な設定だ」
「ふふ……誤魔化すのがお上手なようで。ですが私にはわかります。あなたがそこまで魔力に拘るのは、"理不尽な運命に対する抗い"なのでしょう?」
確信めいた言葉に背筋が凍る。
違う、違う、そんな訳がないと心の中で否定を繰り返すも声は出なかった。
「ふふ……ふっ、はは……あはっ♪ははははははははは!!アハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!」
突然アリスが甲高い声で笑い出す。
それは先程までの神秘的とした態度とはあまりにもかけ離れた狂気に満ちた狂笑だった。
「やっと会えましたね、兄さん♪」
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