第24話「恋のレシピは、アドリブで完成する。」


 恋のマニュアルなんて存在しない。


 だからこそ、人は悩み、そして、だからこそ、面白いのかもしれない。


 今日は、そんな「恋のアドリブ」を目撃した一日だった。


 *


 午後の穏やかなカウンターで、あかりは特別なラテを作っていた。


 いつものレシピに、少しだけアレンジを加えて。ミルクの温度を1度高く、泡立ちを少しだけ細かく。


「恋も、コーヒーも、基本があってこそのアドリブなのよね」


 あかりは独り言のように呟きながら、ハート型のラテアートを描いた。


「レシピ通りじゃ、つまらない。でも、基本を無視しても、美味しくならない」


 *


 恋のマニュアルなんて存在しない。だからこそ、人は悩み、そして、だからこそ、面白いのかもしれない。


 橘さんとの正式なお付き合いが始まってから数日。


 あかりの表情は、以前より明るく、どこか幸せそうだった。


 でも、今日は少し様子が違った。


「乾さん、ちょっと相談があるの」


 昼休憩の時、あかりが乾さんに声をかけた。


「何でしょうか?」


「実は...恋愛のことなんだけど」


 乾さんの目がキラキラと輝いた。まるで宝石を見つけた子供のような表情だ。


「恋愛相談ですか!?ついに来ました!私、待ってました!」


 乾さんは手をパンパンと叩いて大喜びしている。


 あかりは少し照れながら話し始めた。


「橘さんとお付き合いすることになったんだけど、どうしていいか分からなくて」


「え?でも、黒木さんはいつも他の人の恋愛相談に乗ってるじゃないですか」


 乾さんは首をかしげた。


「それは、他人事だから客観的に見られるの。自分のことになると、全然分からない」


 あかりは頭を抱えた。


「コーヒーの淹れ方は分かるのに、恋愛の進め方は分からないのよ」


 あかりは困った顔をした。


「今度の休日、初めてのデートなんだけど、何を着ていけばいいのか、どんな話をすればいいのか...」


 あかりは両手をバタバタと振り回している。


「あー、分かります!」


 乾さんは大きく頷いて、なぜか立ち上がった。


「私も、拓海くんとの初デートの時、すごく悩みました」


「拓海くん?」


「あ...えっと、常連のお客様で...」


 乾さんは顔を真っ赤にして、湯気が出そうなほど照れている。


「もしかして、乾さんも恋愛中?」


「は、はい...実は、この前勇気を出して話しかけたら、今度一緒に映画を見に行くことになって...」


 乾さんは恥ずかしそうに手をくるくる回している。


「まあ!それは素晴らしいじゃない!」


 あかりは嬉しそうに手を叩いた。


「じゃあ、一緒に悩みましょう」


「はい!」


 二人は、まるで女子高生のように手を取り合って、キャッキャと笑い合った。


「まあ!それは素晴らしいじゃない!」


 あかりは嬉しそうに手を叩いた。


「じゃあ、一緒に悩みましょう」


「はい!」


 二人は、まるで女子高生のように恋バナに花を咲かせた。


「でも、黒木さん、いつも『相手の豆(好み)を知ること』って言ってますよね」


「そうね...でも、橘さんの好みって何かしら」


「コーヒーがお好きですよね」


「それは分かるけど、ファッションとか、デートスポットとか...」


 あかりは頭を抱えた。


「私、他人の恋愛には詳しいのに、自分のことは全然分からない」


 その時、店の入り口から橘さんが入ってきた。


「こんにちは」


「橘さん!」


 あかりは慌てて立ち上がった。


「あ、あの、今度のデートの件なんですが...」


「はい」


「どこに行きたいですか?何をしたいですか?どんな服装がお好みですか?」


 あかりは早口で質問を連発した。


 橘さんは少し驚いたが、優しく笑った。


「あかりさん、落ち着いてください」


「でも、私、デートのこと何も分からなくて...」


「大丈夫ですよ」


 橘さんは、あかりの手を優しく握った。


「僕は、あかりさんと一緒にいられるだけで幸せです。どこに行っても、何をしても」


「でも...」


「恋に、完璧なレシピなんてありません。一緒に、アドリブで作っていけばいいんです」


 橘さんの言葉に、あかりはハッとした。


「アドリブ...」


「そうです。あかりさんがいつもコーヒーを淹れる時のように、基本を大切にしながら、その時の気分で少しずつアレンジしていく」


 あかりは、橘さんの言葉に感動した。


「橘さん...」


「僕も、初めてのことばかりで不安です。でも、あかりさんと一緒なら、きっと素敵な時間になると思います」


 二人は見つめ合った。


 その様子を見ていた乾さんが、小さく拍手した。


「素敵です!」


「乾さん...」


「私も、拓海くんとのデート、アドリブで楽しんでみます!」


 乾さんは元気よく言った。


「そうね。恋のレシピは、アドリブで完成するのかもしれない」


 あかりは微笑んだ。


 その夜、あかりは一人でカウンターに立ち、特別なラテを作っていた。


 いつものレシピに、少しだけアレンジを加えて。


「明日のデート、楽しみだな」


 あかりは、ハート型のラテアートを見つめながら呟いた。


「完璧じゃなくても、心を込めて。それが一番大切なのよね」


 翌日の朝、あかりは普段より少しだけおしゃれをして店に来た。


「黒木さん、今日は可愛いですね!」


 乾さんが嬉しそうに声をかけた。


「ありがとう。でも、緊張する...」


「大丈夫ですよ。きっと素敵なデートになります」


「乾さんも、今度の映画デート頑張って」


「はい!」


 二人は、お互いの恋を応援し合った。


 恋に、完璧なレシピなんてない。


 でも、だからこそ面白い。


 一緒に、アドリブで作っていけばいい。


 それが、恋の一番美味しい淹れ方なのかもしれない。


 *


 次回:第25話「彼のドリップは、まだ味が薄い。」


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