第10話「その会議、アフォガートにしませんか?」

 煮詰まった会議ほど、生産性の低いものはない。


 熱い議論が空回りして誰もが疲弊していく。


 そんな時に必要なのは正論でも妥協案でもなく、ただ一息つける「甘い休憩」なのかもしれない。


 今日はそんな現代のオフィスワーカーたちの救世主になった姉の話。


 ◆


 ブレンダーのスイッチが入るとカウンターが一瞬震えた。


 あかりは氷の山にミルクとシロップを加え、高速度で40秒回す。


 氷が砕けクリーミーな渦が白く泡立つ瞬間、それは渋谷のストリートダンスのように活気あふれる。


「フラペチーノは氷と熱いエスプレッソの出会いね」


 あかりは出来上がったフラペチーノの上に熱々のエスプレッソショットを注ぐ。


「全く違う温度の二つが合わさると『アフォガート』っていう最高のデザートが生まれるの」


 ◆


 渋谷クロスカフェ発、姉弟のゆるっとログ。第10話。


 意見がぶつかる会議ってマジで地獄だよな...。


 今日の僕はそんな地獄絵図を目の当たりにすることになった。


 午後3時の店内。いつもなら穏やかな時間帯なのに、今日は一角から険悪な空気が漂っている。


「だからその案は弱いって言ってるだろ!」


「じゃあ対案を出してくださいよ!」


「予算の問題もあるし...」


「時間もないんですよ!」


 スーツ姿の4人組がノートPCと資料を広げて会議をしている。どうやら企画の打ち合わせらしいが、完全に一触即発の雰囲気だ。


(うわあ...あれは見てるだけで胃が痛くなる)


「姉ちゃん、あの人たち大丈夫?」


 僕が心配そうに呟くとあかりは興味深そうにその様子を観察していた。


「あらあら、熱いエスプレッソと冷たいアイスが喧嘩してるわね」


「喧嘩って...」


「でもねハル。熱いエスプレッソと冷たいバニラアイス。全く違う二つが合わさると『アフォガート』っていう最高のデザートが生まれるのよ」


 姉はフラペチーノにエスプレッソショットを追加した特製ドリンクを作りながら説明した。


「つまり?」


「つまりあの人たちに必要なのは、熱い議論を冷ます『甘い休憩』よ」


 その時、会議が完全に停滞した。リーダー格の男性が頭を抱えてついに爆発した。


「ああもう!すみません、一番甘いのください!頭が働かん!」


 男性がヤケクソでカウンターにやってきた。疲労困憊で目の下にクマができている。


「お疲れ様です」


 あかりはにっこり笑って先ほど作った特製ドリンクを差し出した。


「こちら、特製の『会議疲れ回復ドリンク』です。フラペチーノにエスプレッソショットを追加したアフォガート風になっています」


「え、そんなメニューあるんですか?」


「今日だけの特別メニューです。熱い議論の後には冷たくて甘いものでクールダウンするのが一番ですよ」


 男性は半信半疑でそれを受け取った。


「あのチームの分も作ってもらえますか?」


「もちろんです。皆様お疲れ様でした」


 あかりは手際よく4人分の特製アフォガート風フラペチーノを作った。


 ◆


 男性がそれを持って席に戻るとチームメンバーは困惑した顔をした。


「課長、これは...?」


「店員さんが作ってくれた特別なやつだ。とりあえず飲んでみよう」


 4人は恐る恐るストローに口をつけた。


「...うまっ」


「何これ...甘いのにコーヒーの苦味もある」


「なんか頭がスッキリする」


「冷たくて気持ちいい...」


 甘さに癒された4人の表情がみるみる穏やかになっていく。


「...なんかもう一回最初から話しませんか?」


 一番若いメンバーがそっと提案した。


「そうですね。さっきは熱くなりすぎました」


「僕も言い方がきつかったです」


「予算の件、もう一度整理してみましょう」


 さっきまでの険悪な空気が嘘のように建設的な話し合いが始まった。


 カウンターから見ていた僕は思わず感嘆の声を漏らした。


「姉ちゃんすげー。完全に空気変わったじゃん」


「煮詰まった会議はアフォガートで解決よ。熱いものと冷たいもの、甘いものと苦いもの。対立するものを混ぜてみたら意外と美味しいかもしれないでしょ?」


「なるほど...」


 その後、4人の会議は順調に進んだ。時々笑い声も聞こえてくる。


 ◆


 1時間後、彼らがカウンターにお礼を言いに来た。


「ありがとうございました。おかげで良いアイデアがまとまりました」


「あのドリンク、本当に美味しかったです」


「また煮詰まったら来させてもらいます」


「今度はメニューに載せてくださいよ」


 あかりは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。でもあれは特別な時だけの特別メニューなんです」


「特別な時?」


「みんなが疲れて甘いものが必要な時です」


 4人は納得したように頷いて満足そうに帰っていった。


「姉ちゃん、もはや凄腕のファシリテーターだな...」


 僕はネタ帳に今日の出来事を書き留めた。


『煮詰まった会議はアフォガートで解決』

『対立する要素を混ぜると意外な美味しさが生まれる』


「でもなんで特別メニューにしたの?普通にメニューに載せてもいいじゃん」


「本当に必要な人にだけ特別なものを提供する。それが一番価値があるのよ」


 あかりは使い終わったブレンダーを洗いながら答えた。


「毎日飲めるものじゃなくて特別な日だけの特別な味。そういうのも悪くないでしょ?」


 確かにと僕は思った。


 あの4人にとって今日のアフォガートは単なるドリンクじゃなく、チームワークを取り戻すきっかけになった。


「姉ちゃんってコーヒーを淹れてるんじゃなくて、人の心を淹れてるんだね」


「大げさね。でも...まあそうかもしれないわね」


 あかりは少し照れながら次のお客さんの準備を始めた。


 今日もまた渋谷の片隅で小さな奇跡が起きた。


 熱い議論と冷たい沈黙が出会って甘い解決策が生まれた瞬間だった。


(第10話完 次話へ続く)


 次回予告:

 その夢って、まだ抽出の途中なんですね。


 #渋谷クロスカフェ #アフォガート #会議 #チームワーク #息抜き #甘い解決策

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