第3話「映える恋って、フラペチーノみたいにすぐ溶けちゃうんです。」

 Instagram、TikTok、Twitter。現代の恋愛は、SNSという舞台で繰り広げられる。


 完璧にフィルターをかけた写真、計算された投稿時間、「いいね」の数で測られる幸福度。


 でもその華やかな投稿の裏側で、本当の気持ちは置き去りにされていないだろうか?


 そんな現代恋愛の本質を、一杯のフラペチーノで見抜いてしまう姉が今日もいる。


 ◆


 午後1時の渋谷クロスカフェ。


 週末のランチタイム、店内は若いカップルや友人同士のグループで賑わっている。


 窓際の特等席では、いかにも"今っぽい"カップルがまるで撮影会のような時間を過ごしている。


 そして今日も、エスプレッソマシンの向こうで姉のあかりが、独特の恋愛哲学を披露する準備をしている。


 ◆


 渋谷クロスカフェ発、姉弟のゆるっとログ。第3話。


 今日のテーマはSNS時代の恋愛について。僕のタイムラインは今日も誰かの"幸せ"で溢れている。


 カウンター席の隅で、僕はノートPCの画面に映る友人たちのキラキラした投稿を眺めながら、深い溜息をついた。ハワイ旅行、高級ディナー、そして満面の笑みでブランド物のバッグを抱える彼女。どれもこれも僕の現実とはあまりにかけ離れている。


(みんなこんなにリア充なのか...僕の投稿なんてコンビニ弁当の写真ばっかりだよ。しかもキャプション『今日の夕飯、栄養バランス完璧♡』って自分に言い聞かせてるし...)


「僕のタイムライン、コンビニ弁当だけじゃ寂しいかな...。次はクロスカフェのフラペで『映え飯』狙おうかな」


「あら、弟の弁当投稿、意外とフォロワー増えそうよ。『栄養満点の孤独飯』シリーズ♡ 私がゲスト出演でホイップ添えバージョン作ろうか?」


 姉がクスクス笑いながらホイップを盛り付けている。


「姉ちゃん、それじゃ僕のインスタが『姉の飯テロ』になっちゃうよ...」


「姉ちゃん、見てよあそこのカップル」


 僕が顎で示した先には、いかにも"今っぽい"男女が座っていた。男の方は一眼レフを構え、カラフルなフラペチーノを持った彼女にモデルさながらのポーズを要求している。


「あご、もうちょい引いて!そう、いい感じ!可愛いよ!」


 カシャ、カシャと乾いたシャッター音が店内に響く。でも奇妙なことに、男が撮っているのは彼女のソロショットばかり。ツーショットを撮る気配はまるでない。


「あれってどうなの?彼女をアクセサリーみたいに扱ってる感じがして、ちょっと...」


 僕の呟きに、姉のあかりは期間限定の新作フラペチーノに芸術的な手つきでホイップを盛り付けながら、こともなげに言った。


「あら、素敵な専属カメラマンじゃない」


「でもさ、なんか"作品撮り"って感じじゃん。僕だったら一緒に写真撮りたいけどな...」


「あれはね、『期間限定フラペチーノ』みたいな恋よ」


「フラペチーノ?」


 姉はホイップの上に鮮やかなソースをかけ、完璧な一杯を完成させると、僕の方を見てニヤリと笑った。


「そう。見た目は最高に可愛くて、写真映えもする。でもねハル」


 姉は人差し指を立てる。


「時間が経つと氷が溶けて味が薄まって、ホイップも萎んで、あっという間に美味しさがなくなっちゃう。長持ちはしないのよ」


(うわ...的確すぎる...確かに見た目重視の関係って続かないイメージあるな)


「本当にいい関係って、見た目は地味なドリップコーヒーみたいなものなの。毎日飲んでも飽きないし、そばにあるとホッとする。そういうもんじゃない?」


 姉の言葉はいつもそうだ。核心を突きすぎて、時に少しだけ痛い。


 ◆


 その時だった。撮影に満足したらしい例のカップルがカウンターにやってきた。


「すみません、このフラペチーノ、ホイップもっと盛れませんか?写真だとちょっと足りなくて...」


 彼女がスマホの画面を見せながら言う。僕は心の中で「やっぱりな...」と呟いた。写真の中の彼女は完璧な笑顔だったが、目の前の彼女はどこか物足りなそうな顔をしていた。


「あ、それと背景にロゴが入るように角度調整してもらえます?ブランディング大事なんで」


 彼氏も追加でリクエスト。僕は「もう完全にマーケティング戦略じゃん...」と呆れた。


 姉は「かしこまりました」とにっこり笑い、手際よくホイップを少しだけ追加してあげる。そしてそのフラペチーノをそっと彼女の前に差し出した。


「お客様」


 姉は彼女にだけ聞こえるような優しい声で囁いた。


「このフラペチーノの一番美味しい瞬間は、写真フォルダの中じゃなくて、今この瞬間ですよ」


 彼女は一瞬キョトンとした顔をした。


「溶ける前に、彼と一緒に楽しんでくださいね」


 その言葉が彼女の心に届いたようだった。彼女はゆっくりと彼氏の方を振り返ると、少しだけ照れたように言った。


「ねぇ、もう写真いいから一緒に飲も?」


「え、いいの?まだ角度が...」


「うん。冷めちゃう、あ、溶けちゃう前に」


 彼氏が嬉しそうに頷き、二人はストローを手に取った。そして同時にフラペチーノを一口。


「「あ、おいしい!」」


 その瞬間、ホイップが少し彼女の鼻についてしまった。彼女がプッと吹き出すと、彼氏も笑い転げる。


「あ、ホイップ鼻についちゃった!映えないよー」


「それが可愛いよ!自然な方がいいね」


「ほら、鼻ホイップが最高のフィルター♡ インスタより心のフィルターが大事よ」


 姉がカウンターからクスクス笑いながら言う。


 二人は笑いながら、今度は自然にツーショットを撮り始めた。店内のグループ客が「僕らも鼻ホイップチャレンジ!」とクスクス参加し、店内がふわっと和んだ。


 ◆


 嵐が去ったカウンターで、僕は姉に感嘆の声を漏らした。


「姉ちゃんすごいな。魔法の言葉かよ」


「事実を言っただけよ。美味しいものは美味しいうちに楽しまなきゃ。...あんたの人生もね」


 チクリと刺さる最後の一言はもはやお約束だ。


「でも姉ちゃん、自分はどうなの?SNSとかやってるの?」


「私のインスタ?コーヒー豆の産地情報と抽出レシピしか投稿してないわ。フォロワーは12人だけど、みんなガチのコーヒー愛好家よ」


「12人って...それもうニッチすぎるでしょ」


「でもね、その12人からのコメントは、どんなインフルエンサーの『いいね』より価値があるの。『このブラジル豆、酸味のバランスが絶妙ですね』とか、本当に理解してくれる人たちの言葉だから」


「12人って...それもうニッチすぎるでしょ。姉ちゃんのインスタ、秘密のコーヒー同好会みたいじゃん」


「ふふ、そうかもね。フォロワー増やしたくて昨日『今日の豆、恋の酸味入り♡』って投稿したら、3人から『どんな恋?詳しく!』ってリプ来たわ。みんな私の恋愛相談所みたいよ」


「それフォロワーじゃなくてカウンセラー増えただけじゃ...。僕も参加して『姉の豆腐事件、続報!』リプしよっか」


「絶対ダメ!12人を守るわ♡ ...でもあんたの弁当投稿、私がいいね押すからがんばりなさい」


 その時、姉がエプロンのポケットから小さなプラスチック容器を取り出した。中には真っ白なホイップクリームが入っている。


「はい、これ。弟専用の『映えホイップ』よ♡」


「え、何それ?」


「コンビニ弁当にちょっと乗せるだけで一気にカフェ風になるのよ。『今日の夕飯、シェフの気まぐれホイップ添え』とかキャプションつけて投稿してみなさい」


 僕は小さな容器を受け取りながら思わず笑ってしまった。


「姉ちゃん、それって職場のホイップを持ち帰ってるってこと?」


「余ったやつよ!もったいないから弟の『映え活』に活用してもらうの。12人のフォロワーよりあんたの方が伸び代ありそうだし」


「12人って...姉ちゃんの方こそこのホイップで映え写真撮ったら?」


「私はいいの。本物のコーヒー愛好家は見た目より味を重視するから」


 そう言いながらも姉は少し嬉しそうだった。


 ◆


 僕は苦笑いしながら自分のPCを開き、いつもの「ネタ帳」ファイルに新しい見出しを打ち込んだ。


『"映え"より"味わい"。人生の楽しみ方』

『姉のインスタフォロワー12人の謎』


 姉ちゃんはどんなに着飾った関係も、その本質を一杯のコーヒーで見抜いてしまう。そして自分自身も決してブレない。


 このログもしかしたらいつか本当にバズるかもしれないな。でも今日学んだのは、バズることと価値があることは必ずしも同じじゃないということ。姉ちゃんの12人のフォロワーみたいに、少なくても深く理解してくれる人がいる方がきっと幸せなんだろう。


 僕はそんな予感を胸にキーボードを叩き続けた。渋谷の午後の陽射しが窓から差し込む中、クロスカフェの温かい空間で今日もまた一つ、現代恋愛の真理を学ぶことができた。


(第3話完 次話へ続く)


 次回予告:

 そのとりあえずって、実はブレンドの魔法なんです。


 #渋谷クロスカフェ #SNS映え #フラペチーノ #現代恋愛 #インスタ #本物志向

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