第8話 束縛幼馴染との距離の置き方②
「え~ではこれより、わたくし雪奈が考えた解決策を、発表させていただきます!」
結局、雪奈の優しさと押しの強さに流されて、夏生は雪奈に協力してもらうことを決めていた。
大丈夫だからと、何度断っても、絶対に雪奈が折れてくれなかったのだ。
普段のように軽い雰囲気の雪奈だったが、夏生はそんな雪奈から、どこか必死な様子を感じ取っていた。
気のせいだったのかもしれない。けれど意地でも食い下がってくる雪奈を見ていると、あながち間違いではないかもしれないという気もしてくる。
どうして雪奈がここまで必死になっているのかは、夏生にはわからない。けれどきっと、困っている人を放っておくことができないのだろうと、普段の様子を見ていた夏生は、そう思うことにした。
そんな心優しい雪奈相手だからこそ、夏生も結局は頼ることにしてしまったのだから。
「でも雪奈さん、本当にうまく解決できる方法なんてあるの?」
「もちろん! かな~り効果的な案があるよ!」
そう宣言する雪奈は自信満々だ。
これならもしかすると、本当になんとかできるかもしれないと、夏生も期待が隠せなくなってくる。
「いったいどうすればいいんですか?」
「簡単です! 夏生くんが彼女をつくればいいのです!」
あまりにも簡単に、とくにもったいぶることもなく、雪奈はそう声高に言い切った。
ビシッ、という擬音が聞こえてきそうなほどの勢いで指をさされた夏生は、ただ呆気にとられていることしかできない。
雪奈の名案が、とても良い物には聞こえなかったから。
そんな夏生の反応が気に入らなかったのだろう。雪奈が頬を膨らませてしまう。
「もっとさぁ、すごぉい! とかならないの?」
「いや、なんていうか、それは無理では?」
「なんで? 黒川さんとは付き合ってはないんでしょ? 浮気にはならないよ?」
日々を冴と共に過ごしている夏生だが、別に付き合っているわけではないということは、雪奈にも説明していた。していたが問題はそこではない。
「夏生くんに彼女ができたらさ、さすがに幼馴染だろうと遠慮しなきゃじゃん? それでも束縛しようとしてきたら、彼女優先でしょって正論言えるわけだし、黒川さんはただの我儘な子になるから、周りも味方にできるんだよ? 完璧でしょ?」
理路整然と自分の作戦の利点を挙げる雪奈。
その言葉だけ聞けば、思わず納得してしまいそうな良案に聞こえるが、やはり問題は別にあるのだ。
そう、この作戦の問題は、もっと根本的な部分にある。
「ちゃんとした理由で、夏生くんから自然に距離をとれるサイコーの作戦だよ!」
「雪奈さんの案には、致命的な問題があります」
「え? そんなのないと思うんだけど? なに?」
「それは、僕に彼女なんて簡単にはできないってことです」
自分で言うのは少し恥ずかしかったが、夏生はそれでも最大の問題点を指摘せざるを得なかった。
夏生は生まれてこの方、彼女なんていう幻の存在ができたことはない。
冴に束縛されていたからということを抜きにしても、普通にモテたことすらなかった。
雪奈のような優れた外見の持ち主には、あまり想像できないことなのかもしれいが、異性とのそういう接点など、滅多にあるものではない。
彼女をつくるという行為は、夏生のような目立たたない男子にとって、それはそれは高いハードルと同義だ。
だから雪奈が考えた妙案は、始める前の段階ですでに問題があり、実行することなど、とても不可能なのだ。
「僕と付き合ってくれる子なんていないと思うし、たとえフリだとしても、そこまでしてくれそな親しい女の子の友達にも当てはないから、申し訳ないけど無理そうかなって」
せっかく考えてくれたのに申し訳ないと思いつつも、夏生は理由を説明した。
自信満々で言ってくれた雪奈だったが、自分の案を否定されてどう思っただろうか。
助けてあげようと差し伸べた手を払われたも同じなのだから、もしかしたら酷く悲しませてしまったかもしれない。
そう考えて心苦しい気持ちでいっぱいになりそうだった夏生は「なんだ、そんなことか」とまるで深刻さを感じない雪奈の言葉で顔を上げた。
「私がいるじゃん」
あっけらかんと、雪奈は自分を指さしていた。
「クラス委員同士って接点もあるから不自然さもないし、一番ぴったりだよね」
夏生には雪奈の言っていることが理解できない。いや、正確には理解はできるのだが、そのままの意味で理解してもよいものか自信がもてなかった。
「ていうか、親しい女の子がいないって言ってたけど、ずっと一緒にクラス委員をやってきた私を忘れてるとか酷くない?」
「いや、別に忘れてなんてないですけど、それだけで親しいって言っていいんですか?」
「はぁ? 喧嘩売ってる? けっこうな頻度で放課後ふたりきりで過ごしたじゃん! 親しみ感じたっていいじゃん!」
「でも、それはただ委員の仕事してただけだから」
「私は親しみ感じてますけどなにか!?」
「いえ、なにも、僕も親しみ感じてます」
鼻先がくっつきそうなほど詰め寄られる。美形の顔が目の前にきたせいで、夏生は満足に呼吸もできない。
「それともさぁ、彼女が私じゃ不満ってことかぁ? 夏生くんってば理想高すぎくんですかぁ?」
「滅相もないです。雪奈さんは僕なんかにはもったいないくらいの素晴らしい女性です」
平身低頭。その姿勢こそが相手を落ち着かせる一番の方法だと知っている夏生は、雪奈に向かって深々と頭をさげる。
そんな夏生の姿勢に、一応は満足したのだろう。詰め寄ってきていた雪奈は、また席に座ってくれた。
「まぁわかればいいんだよ。じゃあ今から私が夏生くんの彼女ね」
「う、うん。フリでも協力してくれて嬉しいよ」
「いやいや、フリじゃないから。マジの彼女だから」
夏生は絶句した。
そもそもこれは、冴から少し距離を取るための作戦で、それ以上でもそれ以下でもないから。
冴から離れる理由をつくるためでしかないのだから、フリだけでもいいはずなのだ。
「ただの作戦なんだから申し訳ないよ。フリでじゅうぶんだよ。」
「あまいなぁ夏生くん。甘すぎくんだね。フリなんて女子には一瞬でバレちゃうよ?」
「そ、そうなの?」
「まぁかなりの確率でバレるね。それに、黒川さんは夏生くんに執着してるみたいだし、すぐに見抜かれちゃうよ」
「執着って……まぁ、便利な道具だろうからね」
「なんにしてもだよ。こういうことは本気でやんないと」
「でも、雪奈さんはそれでいいの? 僕なんかと付き合うなんて」
「なんで? 私は夏生くんのこと、けっこー好きだよ?」
夏生には目の前の少女がわからない。
本当になんでもないことのように言われた、好きという言葉が、夏生の中で嵐のように暴れている。
きっと友達として、一時的に恋人になるくらいには、友達として好きだということだ。そんなふうに夏生は自分を納得させる。
そうしないと、訳も分からずに早くなっていく心臓の鼓動が、雪奈にまで聞こえてしまいそうだったから。
「夏生くんはさ、私が彼女でも嫌じゃないよね?」
正直その聞き方は反則だと夏生は思った。
不安げに潤む瞳で、上目遣いに見つめてくる雪奈。
こんなふうに言われて、嫌だなんて言える男は、この世に存在しないだろうと、夏生は本気でそう思った。
「嫌なわけないよ!」
「ならよかった。じゃあこれからよろしくね、彼氏くん」
「うん。でも雪奈さん。本当にいいの? もしかしたら冴が怒って、雪奈さんにまで迷惑かけるかもしれないよ?」
自分が必要とされているという自惚れではなく、都合のいい道具が使えなくなって冴が怒るのではという、現実的な心配が夏生にはあった。
自然と距離ができて、冴が夏生に興味を失えば、きっと冴もイライラすることはなくなり、そのままお互いが平穏に過ごせるようになる。それが夏生が一番いいと思える道だった。
思い描いたようにいけばいいが、どうなるかは未知数だ。自分が怒鳴られるだけならいいが、夏生は雪奈にまで迷惑をかけたくなかった。
ただ、そんな夏生の心配も、雪奈は笑って流してくれた。
「大丈夫だって、私を信じなよ。必ず助けてあげるから」
不適に笑う雪奈。
もし雪奈が男だったなら、それこそクラスの女子たちは放っておかないだろう。夏生がそう思うくらいには、今の笑顔の破壊力は強かった。
「じゃあこのまま明日の打ち合わせしよう。時間まだ平気でしょ?」
「う、うん。よろしくお願いします」
「いい? 黒川さんに隙をあたえないように、朝から詰めてくからね」
それから、夏生は時間が許すまで、雪奈と明日からの動きについて話しあった。
途中でスマホが震えても、雪奈から心を強く持つようにと応援されて、その全てを無視しながら。
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