第44話 決着
目の前に現れたのは間違いなく。
異世界で僕と共に旅をした仲間、聖女ヘレナに相違なかった。
「ヘレナ!?」
「アメリカでの討伐を終えて、すぐに転移してきました! 勇者様、これを使ってください――」
ヘレナが投げ渡してきたのは、一振りの聖剣だった。
飾り気のないシンプルな刀身。しかし、その刃には圧倒的な力が秘められている。
「これは……!」
まさしく今、消滅したばかりの聖剣――『
本来ならば大聖堂の最奥部に安置されているべき、教会の至宝たる聖剣。
なんでこの聖剣をヘレナが持っているのか――理由は分からないが、それを呑気に訊ねている暇はない。
――ともあれ、聖剣の現物がここにあるということはすなわち。
魔石をすべて使い切ったこの状況だろうと、『
「貴様――聖女か! 忌々しい……!」
悪霊魔王が狼狽する。
聖女は悪魔にとっての天敵だ。
現れたヘレナを即座に排除しようと、悪霊魔王が膨大な闇を掻き集め、集束させていく。
大気が揺れ、大地が震える。腐敗と汚濁に満ちた気配が増大していく。
悍ましい気配に総毛立つ。
ヘレナから渡された聖剣を握りしめて、闇に対抗するように掲げた。
その時だった。
「『
透き通るような詠唱。
同時に、火、水、風、土の四つの元素が混ざり合う。
複合魔術――それも最高位の。
四元素が混じり合って生み出された純白のエネルギーが、濁流となって悪霊魔王の闇を相殺する。
「――勇者様、お待たせいたしました」
凛とした声が響いた。
振り向くと、そこには箒に乗った魔女が立っていた。
「パトリシア!」
「遅くなって申し訳ございません」
パトリシアが優雅に微笑む。
「あら、遅かったですね、魔女」
「あなたよりも私の方が先に勇者と話しましたけどね、電話で」
相も変わらず二人はいがみ合っているようだが、今は何より頼もしかった。
「白玉君! この二人は味方でいいのよね!?」
「そうです!」
「了解!」
花凛さんの叫びに応じる。
氷の翼が飛翔した。
花凛さんが高速で飛行して上空に位置取り、無数の氷の礫で悪霊魔王を牽制する。
「『
氷の礫が嵐となって悪霊魔王に迫る。
悪霊魔王が纏う闇を貫くほどの威力はないが、命中の度に闇を少しずつ削っていく。
――氷が闇を凍結させ、闇が氷を汚染する。
その氷には呪詛が宿っていた。
触れた端からあらゆるものを凍結させる凶悪な呪詛が、悪霊魔王の闇が孕む呪詛を相殺していく。
「……ところで勇者様、魔力は足りていますか?」
「いや、結構ギリギリだね。あんまり余裕はないから、早めに決着を付けたいところだけど……」
「そうですか。でしたら――」
パトリシアが箒から降り、近付いてくる。
あれ、これ前にも似たような展開があったな、などと内心で思いつつ。
パトリシアの唇が重なる。
瞬間、身体が高熱を帯びる。魔女の身体から膨大な魔力が流れ込んでいた。
「パトリシア!? 何をしているんですかあなたは!」
ヘレナが吠える。
ヘレナはこちらを睨みつつも、神聖な光を巧みに操り、上空の花凛さんやこちらを狙う闇を防いでいた。
流石は聖女というべきか。
神聖な光は悪霊魔王が生み出す闇に宿った呪詛を片っ端から浄化していき、それによって弱まった闇を氷の礫が削り取っていく。
ヘレナが此方をじっとりと睨みつけている。
彼女の肩の上には見慣れたドローンカメラがあり、更にはそのレンズが僕とパトリシアを映しているのを見て、嫌な予感がした。
「ただの魔力の譲渡です。他意はありませんよ」
「……! じゃ、じゃあ私も……!」
「聖女、あなたは信仰が集まったばかりでそこまで魔力の余裕はないでしょう。それに、魔王を前に遊んでいる余裕はありませんよ」
パトリシアがにこりと笑い、杖を構える。
彼女の周囲にはキラキラと四大元素の魔力が渦巻いていた。
「くっ……後で覚えてなさいよッ!」
ヘレナが歯噛みしながらも両手を組み、祈るようなポーズを取った。
神聖な魔力が渦巻く。彼女がそこにいるだけで、周囲の闇は逃げるように消えていく。
「『
「――【
四元素の複合魔術が闇を問答無用で吹き飛ばす。
更には神聖な光が呪詛を祓い、悪霊魔王の周囲を覆う闇を浄化していく。
「今です、勇者」
「やっちゃって、白玉君!」
聖剣に魔力を注ぐ。
先程譲渡された魔力を含め、残る力のすべてを聖剣に籠めていく。
暴力的なまでの破壊力が剣先に宿っているのがわかる。
何も考えずに振り下ろせば、北海道全域を破壊し尽くすほどの威力――それを、
剣を振り下ろす。光が迸る。
悪霊魔王は防御のために周囲の闇を掻き集めるが、パトリシアとヘレナ、花凛さんの三人がそれを許さない。闇が次々と消し飛び、浄化され、氷漬けになっていく。
「これで――終わりだ」
『
悪霊魔王が身に纏う闇を瞬く間に消し飛ばし、その身体を粒子一つ残さず、完全に消滅させた。
「人間如きに……こんな、はずでは――」
悪霊魔王の最後の言葉が虚空に消える。
今度こそ、完全に。
* * * * *
「……終わった、のかしら?」
花凛さんが不安げに呟く。
あれだけ何度も再生、復活されてはその心配も無理はない。
僕も周囲の魔力を探るが、もう悪霊魔王の気配は感じられなかった。
「ええ、完全に消滅しました」
パトリシアが断言する。
その言葉に、ようやく緊張が解けた。
「はあ……疲れた」
僕は地面に座り込んだ。
全魔力を使い果たし、身体がひどく重い。
「お疲れ様、白玉君。よく頑張ったわね」
花凛さんが優しく微笑みかけてくる。
その笑顔に、僕も思わず笑みを返した。
「ありがとうございます、花凛さん。それと二人も」
「いえ、当然のことをしたまでです」
パトリシアが箒から降りる。
そそくさと近寄ってきた聖女が僕の真横に座り込み、肩を寄せてきた。
四人で、荒廃した札幌の街を眺める。
酷い惨状だった。
悪霊魔王の消滅の影響で周囲を覆っていた瘴気こそ晴れているが、呪詛で汚染された大地は、もはや人が住める環境ではない。
「……復興、大変そうだなあ」
「まあ、それは後で考えましょう。今は――」
花凛さんが空を見上げる。
闇に覆われていた空が晴れ、太陽の光が降り注ぐ。
「とりあえず、勝利を喜びましょうか」
その言葉に、僕たちは静かに頷いた。
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