第33話 不穏なニュース
エルルを含めた三人で夕食に舌鼓を打ったあと。
麗は部屋から二着のパジャマを持ってくると、そのままエルルを連れて風呂場へ向かっていった。
「とりあえず、シャワーの使い方とかは私が教えますね……兄さんにさせるわけにはいかないので」
「ああ、頼むよ」
うちの風呂場は二人で入るには少し狭いが、まあなんとかなるだろう。
僕はリビングに戻り、ソファーに深く腰を下ろす。
エルルがいきなり現れたのには驚いたが、結果的には上手いこと麗とも話をすることができた。
「後は、どっかに飛ばされたらしい聖女と魔女だけど……」
魔女の方はまあ、大丈夫だろう。
あれでも数百年を生きるエルフである。見知らぬ異世界でも問題なく適応できるはずだ。
どちらかと言えば、心配なのはヘレナの方だった。
彼女を信奉する者がいないこの世界では、聖女の能力は上手く機能しないだろう。
なんとか安全な場所に飛ばされているといいのだが。
そんな風に、地球のどこかにいるらしい元パーティメンバーに思いを馳せていると。
風呂場から甲高い声が響き渡った。
「あっ、待ってください。最初は――」
「ひゃあ、冷たいわ!」
「……最初は冷たいので、気を付けてくださいね」
エルルのはしゃぐ声が聞こえてくる。
「ええと、これがシャンプーで、こっちが――」
「水が目に入ったわ!」
「ああもう! 私が洗いますから、目を瞑ってじっとしててください!」
最初はどうなるかと思ったが、仲良くなっているようで何よりだ。
「というか、異世界ではどうやってお風呂に入っていたんですか」
「だって、おうちだとメイドが居るから……。旅の途中はヘレナが手伝ってくれてたし……」
「はぁ……。仕方ないですね。私が手伝いますから」
麗の呆れた声が聞こえてきて、僕は苦笑しながらテレビを付けた。
画面ではニュース番組が流れている。
その内容に、思わず身を乗り出してしまう。
――イギリスのS級冒険者『
幸い軽傷で済み、準備を整え次第すぐに再挑戦するらしい。
「イギリスか……」
胸がざわつく。
先日対峙した『
人型の魔物――それも、S級冒険者を迎撃するほどの強さというと、やはり魔王の関連を疑ってしまうが……。流石にイギリスは遠く、気軽に確認に行ける距離ではない。
ふと、スマホが震える。メールが届いていた。
冒険者ギルドからだ。
開くと、丁度目の前のニュースに関連する話だった。
『イギリスのS級冒険者『
やはり――魔王か。
当然ながら、魔王が現れる可能性があるのは日本のダンジョンだけとは限らない。
召集の日時は明日だった。
了承のメールを返し、スマホを閉じる。
「『
聞いたところで答えてくれるかは疑問ではあるし、そもそもその答えが正しいかどうかも怪しいが。
かといって、何もしないよりはマシだろう。
そんな風にスマホやテレビを眺めながら考えに沈んでいると、二人がようやく風呂から上がったらしい。
パタパタという軽快な足音とともに声が近付いてくる。
「ウララ大変よ! この服、胸のあたりがすごーくキツいわ!」
麗から借りたであろうパジャマに着替えたエルルは、胸元が窮屈なのか、時折身体をよじって身じろぎしている。
元々ゆったりとしたデザインだったはずだが、一部分、エルルには明らかにサイズが合っていなかった。
「黙りなさい」
「黙りなさい!?」
* * * * *
「エルルさん、寝室は私の部屋を使ってください」
「? それだとウララはどこで寝るのかしら」
「私は兄さんと一緒に寝るので大丈夫です」
「私一人だけ別の部屋は寂しいわ!」
夜。そんな会話があり、結局麗だけでなくエルルまで僕の部屋に集まっていた。
六畳の部屋に三人は狭いと主張したのだが、二対一の多数決で押し切られた形だ。
そうして三人でも僕の部屋に集まったが、やはりどう考えても狭い。
「こうして一緒に寝るのは久しぶりね!」
「……兄さん?」
「ほら、旅の最中は野宿のことも多かったからね」
「そうそう。懐かしいわねー」
そんな会話をしつつも、エルルと麗が競うようにベッドに潜り込んでくる。
「いや、流石に三人は無理だって」
「そうですね、エルルさんは床で寝てください」
「詰めれば大丈夫よ!」
結局、三人で密着するような状態になりながら布団に潜り込んだ。
「……暑くない?」
「エルルさんが熱いんですよ。体温高いんですから」
「私はちょうどいいわ。むしろもっと近くに……」
「だから寄るなって言ってるでしょう!」
枕元で口喧嘩を始めるものだから、眠気どころの話ではない。
騒動の末。
なんとか三人でベッドに収まり、部屋が静かになったのは夜も深まってからだった。
両側から人の気配がして、肩同士が触れ合っているのがわかった。
麗は僕の右側、エルルは左側……寝返りを打とうとするとどちらかにぶつかる。
そのため、僕は身動きが取れない状態で天井を眺めていた。
「ねえ、起きてる?」
左から、エルルのひそひそ声。
「起きてない」
「起きてるじゃない」
既に眠っている麗を起こさないようにか、エルルが小声で囁いてくる。
「ねえ、ユウ。久々に会えて嬉しかったわ」
「……結局、エルルたちはどうしてこっちの世界に来たんだ」
「ヘレナやパトについては分からないけど……私については、私があのまま国に残ってたら邪魔になるから」
邪魔になる? どういうことだろうか。
僕の疑問を読み取ったように、エルルが続ける。
「私が魔王討伐で功績を挙げすぎちゃったから、なんだか私を王位に付けたがる貴族の人が増えちゃって」
「なるほど……」
「私には無理よ……向いていないわ。それに、お兄様と争いたくなんてないし」
エルルが嘆息した。
「私は王様になりたくなんてないのに、困っちゃうわよね。それでお兄様と相談して、国を出ることにしたのよ。国から離れれば、私を担ごうとする人たちも流石に諦めるだろうし」
僕も話したことのあるエルルの兄を思い出す。
エルシア王国の第一王子。その立場に相応しいだけの品格と立ち居振る舞いを持っている人だった。
「それなら、いっそのことユウに会いに行っちゃおうかなって」
「エルルはそれでよかったの?」
「もちろん。ユウに会いたかったもの」
「…………」
「これからもよろしくね、ユウ」
「ああ……よろしく。エルル」
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