第20話 謎の美少女転校生
月曜日の朝。
麗に起こされ、いつものように登校の準備を始めた。
僕や妹が通う学校は、自宅から徒歩圏内に位置している。
のんびりと朝食を済ませ、僕は制服に袖を通した。
「兄さん、行きましょうか」
「行ってきます」
両親に挨拶を済ませ、妹と並んで家を出る。
通学路を歩きながら、この一ヶ月を振り返った。
復学明けは五年ぶりの登校ということもあり、周囲の視線が痛かった。
それでも、美月さんのフォローもあって、徐々にクラスに馴染めてきた気がする。
とはいえ、五年間のブランクは想像以上に大きい。
異世界での戦いの日々で、数学や英語の知識は完全に抜け落ちている。
美月さんや麗に勉強を教わってなんとかついていっている――そんな状態だ。
校門をくぐると、すれ違う生徒たちの視線が突き刺さる。
ひそひそと囁き合う声。
その中の一人、確かクラスメイトの男子が声をかけてきた。
「おはよう、白玉」
「おはよう」
「配信見たぞ。めちゃくちゃ活躍してたじゃん」
「あー、それでか」
復学して一か月。
今更になってやけに注目されていると思ったが、そういうことか。
猫屋敷さんの配信の影響力は、僕が思っていた以上に大きいらしい。
「では兄さん、また放課後に」
麗と別れて教室に入った瞬間、クラスメイトたちの会話がピタリと止まった。
全員の視線が集中する。
ざわめき。囁き声。
どうやら僕や美月さん、燐花さん、そして石動のことが噂になっているようだ。
猫屋敷さんの配信のおかげで、「ダンジョンでドラゴンを倒した冒険者」として、僕たちは校内でちょっとした有名人になってしまったらしい。
配信者の拡散力というものを、完全に甘く見ていた。
教室内では、既に美月さんと燐花さんが席に着いていた。
二人とも、この妙な空気に若干の居心地の悪さを感じているように見える。
「あ、白玉君。おはよう!」
「おはよう、白玉」
二人に挨拶を返し、自分の席に座る。
「なんか……噂になっちゃってるみたいだね」
「だね」
苦笑しながら囁いてきた美月さんに短く返事をする。
その様子を見て、燐花さんが小さく舌打ちをした。
「ま、アンタは大活躍してたんだからいいじゃない。ネットだと『
逞しい。
というか、『
そんな風に美月さんたちと先日の件について雑談を続けていると、チャイムが鳴った。
同時に、担任の先生が教室に入ってくる。
担任は教壇に立つと、開口一番にこう告げた。
「皆。突然だが、今日から新しい転校生が来る。紹介するから静かにな」
転校生?
クラスメイトたちがざわつく。この時期に転校生とは珍しい。
教室のドアが開いた。
そこから現れたのは――。
「初めまして。白鷺百合香と申します。よろしくお願いします」
透き通るような声。
長い黒髪に、サファイアのように青い瞳の美少女。
――白鷺百合香だ。
僕は思わず息を呑んだ。
つい先日にダンジョンで遭遇した――謎の存在。
僕のことを勇者と呼び、ドラゴンの魔石を奪っていった、あの少女。
なぜ、彼女がここに?
「白鷺さん、自己紹介をお願いできるかな」
「はい。趣味は読書。好きな食べ物は和菓子です。皆さん、仲良くしてくださいね?」
白鷺さんは淡々と自己紹介を終えると、教室を見渡した。
その視線が、一瞬だけ僕に向けられる。彼女は嫣然と微笑んだ。
「それじゃ、白鷺さんの席は……そうだな、白玉の左隣が空いているから、そこでいいか」
「はい、ありがとうございます」
白鷺さんは僕の隣の席に座った。右隣の美月さんとは反対の席だ。
クラスメイトたちは、白鷺さんの美貌に見惚れている様子だった。
「うわ、超美人……」
「モデルとかやってそう」
実際、改めて見ると、その美貌は魔性という言葉が相応しい。
もっとも、この形容には白鷺百合香を不気味に感じている僕の心象が混じっているのは否定できないが。
しかし、僕には周囲の声がほとんど耳に入らなかった。
隣に座る白鷺百合香。
香水だろうか。ふわりと、僅かに百合の花の香りが漂う。
彼女は僕の方を向くと、身を乗り出して、耳元で小さく囁いた。
「先日ぶりですね、勇者様」
「……どういうつもりだ」
「ふふ――さあ、何のことでしょう」
白鷺さんはそう言って、すっと前を向いた。
授業が始まったが、僕はまったく集中できなかった。
* * * * *
授業が終わり、休み時間。
僕はすぐに隣席の白鷺さんに声を掛けた。
「白鷺さん」
「ふふ、どうしたのかしら?」
「ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
何やら周囲がざわめいている。
そういえば、白鷺さんがドラゴンの魔石を奪っていった場面も、猫屋敷さんは配信していたはずだ。つまり、白鷺さんの姿も配信に映っていたはず。
だから周囲の注目を浴びているのだろう。
「ええ、人気のないところで話しましょうか――二人っきりで、ね」
「そうだね」
視界の端で、美月さんが瞬きもせずにこちらをじっと見つめている。
彼女としても、白鷺さんのことは気になっていたのだろう。
美月さんたちには後で報告するとして。
僕は白鷺さんを連れて教室を出ると、廊下を曲がり、空き教室まで移動した。
人気のない場所というのは、こちらとしても好都合だった。
人質を取られるリスクが下がる。
そして何より――人目につかないように、欠片も残さず消滅させても、誰にも見られることがない。
「あら、怖い殺気」
「よく堂々と僕たちの前に出てきたね」
「そうかしら? だって、私は別に勇者様と敵対するつもりはないもの」
あっさりと白鷺さんは言ってのけた。
「その割にはダンジョンで僕たちの邪魔をしてきたわけだけど?」
「けど、あの程度で死ぬような勇者様じゃないでしょう?」
「そういう問題でもないと思うけど……」
「少なくとも、私は勇者様と仲良くしたいと思ってるのよ?」
そう囁き、白鷺さんがこちらにしなだれかかってきた。
思わず一歩、距離を取る。
「そんなに警戒されると悲しいわ」
「信用されたいのならそっちの目的を教えて欲しいな」
「ふふ、それは秘密。とはいえ、勇者様と敵対するつもりがないのは本当よ」
そう言い残し、白鷺さんは身を翻して空き教室を後にした。
* * * * *
教室に戻ると、白鷺さんの姿はすでになかった。どこかへ行ってしまったようだ。
その時、美月さんが椅子を僕の席に近づけ、話しかけてきた。
「白玉君」
「どうしたの?」
「……転校生の子、綺麗だったね。何か話してたみたいだけど……もしかして、知り合いなのかな?」
まさか恋人とかじゃないよね……と小声で呟く美月さん。
そんなに僕に恋人がいたらおかしいだろうか――と、そんな風に考えたところで、疑問が浮かぶ。
「……美月さん、あの転校生のこと、覚えてないの?」
「え? 私は多分初対面だと思うけど……」
美月さんは不思議そうに首を傾げた。
どういうことだ?
「どうしたの? 変なこと聞くね」
「いや……そうだね」
――美月さんは、白鷺のことを覚えていない?
僕は混乱しながらも、もしかしたら美月さんが白鷺百合香の存在を忘れているだけの可能性も考え、斜め後ろの席で机に突っ伏していた燐花さんにも同じ質問をした。
どうやら直前の数学の授業で頭がパンクしているらしい。気持ちはよくわかる。
「……燐花さん、あの転校生と会ったことってある?」
「それ、なんの質問なの……? ないわよ」
そして、やはり美月さんだけでなく、燐花さんの方も覚えていないようだ。
僕が内心で考え込んでいると、美月さんが言った。
「白玉くん。昼休み、私たちと一緒にお昼食べない?」
「ああ、うん」
考えても分からないものは仕方ない。
面倒臭い――こうなったら、本人に直接聞いてみるしかないだろう。
僕はシンプルな結論を出したのだった。
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