第16話 白玉麗
「兄さん」
そんな風にギルドのラウンジで話をしていたところ――ふと、背後から声を掛けられる。
透き通るような声色。聞き覚えのある声だ。
振り向くと、妹がなぜかそこに立っていた。
真っ黒な瞳が、いつものジト目で僕を見つめている。
白玉
艶やかな黒色の長髪。透き通るように白い肌。
まるで日本人形のような美少女。
兄としての贔屓目が入っているのは否定しないが、僕が異世界にいた五年の間に、妹は相当な美少女に成長していた。
「麗? どうしてここに」
「兄さんが心配を掛けるからですよ」
ソファから立ち上がり、妹の方へ近づくと、妹が思い切り抱き着いてきた。
慌てて受け止める。頭をそっと撫でた。
「あまり心配を掛けないでください」
「……あー、うん。気を付けるよ」
「そうしてください」
一応猫屋敷さんの配信で無事は確認できたはずだが、どうやら相当心配させてしまったらしい。
とはいえ、無事だと分かっていたとしても、ドラゴンやら大量の魔物の群れやらで、心配を掛けるような配信の内容だったのも確かだ。
仮に逆の立場だったとしたら、僕は相当妹のことを心配していただろう。
妹が抱き着いたまま離れないので、仕方なく引き摺るようにしてそのままソファに戻り、腰掛ける。
妹は澄ました表情で僕の膝の上に座った。
「えーと……。白玉君の妹さん、だよね? 私は白玉君の同級生の、月ヶ瀬美月です。よろしくね」
「……この泥棒猫め」
「あれ、ごめんね。聞こえなかったんだけど」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします、月ヶ瀬さん」
「美月でいいよ?」
当たり前だが、距離があった美月さんとは違って、膝の上という至近距離で密着状態だった僕には普通に聞こえていた。
聞かなかったことにした。
「可愛らしい妹さんだね、白玉君」
「自慢の妹だからね」
「シスコン……」
燐花さんが呆れた目でこちらを見ていた。
「はっ、おや、あなたは……」
そんな風に話していたところで、ソファですやすやと居眠りをしていた猫屋敷さんが目を覚ました。
ずっと寝ていればよかったのに。
「そちらは、噂の妹さんでしょうか?」
「白玉麗、兄さんの妹です。よろしくお願いします、猫屋敷さん」
「おお!」
何やら嬉しそうな様子の猫屋敷さん。
そういえば、麗は猫屋敷さんの配信を見ていたのだったか。
「そうでしたそうでした。白玉妹さん、わたしのリスナーなんですよね。サインを差し上げましょう。白玉家の家宝にしていいですよ」
「良いんですか? ありがとうございます」
まさか普段から持ち歩いているのか、猫屋敷さんは鞄から色紙とペンを取り出すと、ささっと謎の生き物の絵を描き、その下に自身の名前を書き記した。
謎の生き物……なんだろう、これは。
「ええと、これは……可愛らしい猫? ですね」
受け取った麗は喜びつつも、困惑していた。
それはどう見ても猫ではなく化け物だったが、麗は猫屋敷さんの名前からの連想でなんとか感想を絞り出した。
「いえ、これは猫じゃなくてジャバウォックです」
なんでだよ。
「なんでジャバウォック……?」
「そっちの方が強そうじゃないですか」
* * * * *
ともあれ、麗は大切そうに色紙を鞄に仕舞いこんだ。
表情こそあまり変わっていないが、兄である僕からすれば、これでも麗がかなり喜んでいるのがわかる。
一段落付いたところで、燐花さんが話題を切り替えた。
「さっき更科さんに聞いたんだけど、大地のやつ、私たちが戻るちょっと前に帰還してたらしいわよ」
「へぇ」
そういえば忘れていたが、石動は生きていたのか。
剣も盾も放り出して逃げ出していたので、武器もなかったはずだが、随分と悪運が強いようだ。
ちなみに、僕としては特に思うところはない。パーティを組んでいたわけでもなく、臨時で協力していただけだ。
ただ、同じパーティを組んでいた美月さんや燐花さんとしてはそうもいかないだろう。
「ああいうのって何かペナルティとかってあるの?」
「ううん……ないと思うよ。ダンジョン内での揉め事とかは、犯罪とかでもない限り基本的にギルドは介入したりしないから」
「ムカつくけど、ま、そういうことね」
ただ、と美月さんは苦笑を浮かべた。
「けど、今回は猫屋敷さんの配信に全部映っちゃってたから。さっきちょっと確認したけど、SNSでも相当話題になってるみたいで――多分、今後は他の冒険者と組むのも嫌がられるだろうから、石動君も大変だと思うよ」
「自業自得よ」
美月さんと燐花さんの会話を聞いていて、疑問が浮かぶ。
「あれ、二人は石動とパーティを組み続けたりはしないんだ」
「はあ? するわけないでしょ。あそこで味方を見捨てて逃げ出すような前衛なんて願い下げよ」
「うん……私も組み続けるつもりはないかな」
まあそれもそうか。
「ま、アイツの話はどうでもいいわ」
言うと、燐花さんと美月さんが何やら目配せをする。
美月さんが緊張した様子で、こちらを見つめた。
妹が膝の上に座っているので良く見えないが、多分。
「その、提案なんだけど。白玉君。私たちと一緒にパーティを組まないかな?」
「なんだそんなことか。勿論良いよ」
膝の上で妹が身じろぎした。
「今回も二人には助けられたし、こっちからお願いしたいくらいだよ」
妹の頭を撫でる。
心配する妹には申し訳ないが、冒険者を辞めるという選択肢は――残念ながら、なくなった。
白鷺百合香を名乗った何者か。
僕を――勇者を知っている何者か。
少なくとも、その正体を突き止めるまでは、冒険者としてダンジョン探索を続けるつもりだ。
* * * * *
そして、その頃――白鷺百合香はダンジョンの奥深くにいた。
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