第6話 ダンジョン配信中

「コメントによると、どうやらここは21層らしいです」

「21層か……結構深いな」

「あ、こっちの方向ですね」


 幸い、猫屋敷さんの配信を見ている視聴者の中に、この階層まで来たことがある冒険者がいたらしい。

 コメントの指示に従い、上層――20層に繋がる階段がある方向へと進む。


『21層ってどんくらいヤバいの?』

『確か猫屋敷が今日潜ってるダンジョンは攻略済の階層が29層までだから、現状の最前線より一歩手前くらいだな』

『それでバジリスクとか出てくるの難易度高くない?』

『30層の攻略も一年くらい進んでないし、多分ダンジョンの中でも相当難しい部類だと思う』


「にしても、21層から地上まで戻るのにどれくらい時間掛かるのかな?」

「そうですねぇ。順調に各層20分くらいで登れたとしても、7時間以上は掛かるんじゃないですかね」


 つまり、日付が変わるまでには帰れないというわけだ。

 本来の予定ではほどほどで切り上げて帰るはずだったため、家族には何の連絡も入れていない。


 特に五年間の失踪という前科のある身だ。あまり心配は掛けたくないけれど……。


「ダンジョン内ってスマホの電波は届かないんだよね」

「ですねぇ。わたしのカメラみたいに、魔導機っていう特殊な機械じゃないと外との通信はできないです」

「妹にはあんまり心配掛けたくないんだけどなぁ」


 此方の世界に戻ってきた日。

 帰宅した僕を見て呆然と目を見開いた妹が、僕に縋り付いて泣きじゃくっていた姿を思い出して嘆いた。

 その後、記憶喪失だと告げると絶対零度のジト目で僕のことを睨んでいた妹の姿も思い出して、嘆息する。


「……妹が猫屋敷さんの配信見てたりしないかな。まあそんな偶然はないか」


 猫屋敷さんを追尾するドローンに視線を向ける。


『見てますよ、兄さん』


 ふと、流れるコメントの中に気になるものがあった。

 とはいえリスナーの悪戯だろうと無視していたところ、再び同じ人物のコメント。


『兄さん、門限は7時だった筈ですが?』


 ……これ、本物か?

 登録者名は白玉うらら。うーん本名。

 これは本物っぽいな。


『草』

『偶々こんな零細配信者の配信見てたのか』


「丁度良かった。やっぱり高校生なのに門限7時は厳しくないか?」

『いいえ、厳しくありません』


 じゃなかった。


「猫屋敷さんの配信見てたのなら状況は理解してくれてると思うけど、そういうわけで帰るの遅れるね」

『パパとママには私から伝えておきます。……無事に帰ってきてくださいね』

「勿論」


 妹に無事を伝えることはできたので、後は実際に無事に地上へ戻るだけだ。

  

「いやぁ、心配してくれる妹さんがいるだなんて羨ましい限りじゃないですか。しかもわたしのリスナーだなんて! 完璧な妹さんですね」

「そうだね、僕よりもよっぽどしっかりしてる妹だからね」

「ところで、わたしが配信していたおかげで妹さんと連絡が取れたといっても過言ではないわけですけど……。いやいや! 別に何か言うつもりはないんですよ! わたしの方こそ石化から助けてもらいましたしお互い様ってことですしね」


 猫屋敷さんは言葉ではそう言いつつも、歩きながらちらちらと此方に視線を向けてくる。

 まあ……実際に助かったのは確かだ。

  

「一応助かったよ、ありがとう」

「じゃあ……貸し一つ、ですね」

「石化解除と相殺じゃない?」

 

 くだらない会話を続けながらもダンジョンの中を進む。


 上空から見た通り、この階層はまるで森林だ。巨大な樹木が乱立し、視認性がかなり悪い。

 木の陰から魔物が飛び出してくる可能性もあるだろう。

 言葉を交わしながらも、魔物への警戒も怠らない。


「いやあ、それにしても魔物が居ませんね。ラッキーです」

「こんな階層まで飛ばされてる時点でラッキーも何もないと思うけど……そこ、止まって」


 猫屋敷さんの首根っこを掴み、思い切り後ろに引き倒す。


「なっ、なんですかなんですか乱心ですか!? まさかわたしが可愛すぎて? 別に白玉さんのことは嫌いじゃないですけど、流石に超絶美少女のわたしとは釣り合いが取れてないというか……あ、勿論。良い意味でですよ?」

「違うよ。足元」


 猫屋敷さんの進行方向、後数歩先の位置に、生い茂る雑草のせいで見えにくいが、小さな穴があった。


「――【刺突風スピア】」


 穴に向けて風の魔術を放つ。

 地面が抉れて土と千切れた木の根が吹き飛ぶ。その中に魔物の姿があった。

 人間の子供ほどのサイズの芋虫で、首から先はクワガタのような巨大なハサミ状になっている。


「なんですかあれ!?」

「魔物だよ」


 森の中で穴の中に隠れ、落ちてきた得物をハサミで切り裂く魔物だったはずだ。


『クワガタモドキじゃん』

『なんだその名前』

『結構危ない魔物だぞ。穴に気付かずに足を入れると、ハサミで切断してくる魔物だ』

『怖っ』


 地面に穴を掘って隠れる魔物だ。

 所詮は芋虫であるため、不意を打たれなければ直接的な戦闘能力は大したことはない。こうして遠距離から魔術の一発で片が付く。

 ただし、気付かずにこの魔物が潜んでいる穴に足を踏み入れてしまうと、強靭なハサミで脚を切断してくる。

 

「いやあ助かりました。あーその、わたしは白玉さんのことを信じてましたよ?」

「はいはい」


 クワガタモドキの死骸が消える。

 落ちた魔石を拾う。ゴブリンの魔石よりは多くの魔力が含まれているが、バジリスクのものと比べるとやはり少ない。

 この魔物の魔石では聖剣の召喚は厳しそうだ。


「こういうときって魔石の取り分とかどうなるんだ?」

「パーティを組んでたりする場合は、基本は等分だったはずですよ」

「なるほど」

「勿論、今回は白玉さんが全部持って行って大丈夫ですよ! その代わり、見捨てないでくださいね!?」

「まあ今更見捨てたりはしないけど……」


 何のためにバジリスクの魔石まで使って石化を解いたのかっていう話になる。


「……21層、怖いですねぇ。バジリスク以外の魔物を全然見かけないので、正直舐めてました」

「転移前は何層を探索してたの?」

「わたしは14層に居ました。そう考えると、7階層も飛ばされるんですねぇ。これ、かなり危険じゃないです?」

「どう考えても危険だろうね。僕なんて2層にいたところから21層だったし」


 偶々僕が戦えるから何とかなっただけだ。

 2層で経験を積んでいるような初心者の冒険者がこの階層に飛ばされてしまったら、生存確率は相当低いと思われる。初心者冒険者はバジリスクに対処なんて出来ないだろう。


 何なら、魔力による身体強化が半端だったら落下死して終わりの可能性すらある。

 相当に悪辣な現象だ。


「一応、過去には何件か同じような現象の例が報告されてるんですよ」

「そうなんだ。それはこのダンジョン以外でもってこと?」

「え? ええと……コメント見て知ったかぶりしただけなので、どうなんでしょうか? 有識者~?」


『このダンジョンに限らずだね。ダンジョンが極まれに発生させることのある現象らしい』


「――ということですよ」


 コメントを読み、ドヤ顔の猫屋敷さんを無視して考える。


 確かに、過去にある例と、生じた状況自体は一致している。

 だが、少なくとも今回の転移現象については――偶然ではない。


 直前に向けられた悪意を鑑みると――これは明らかに偶発的な事態ではなく、故意に引き起こされている。


 内心でそう思いつつも口にはしない。

 主張したところで根拠が僕の感覚に依存しているため、伝えても納得させられるかは微妙だろう。

 いたずらに混乱させるのは本意ではない。


「無事に地上に戻れるといいんだけど……」

「ちょっと白玉さん。そんな縁起でもないこと言うのはやめてくださいよ。もしもその発言のせいでバジリスクが大挙して押し寄せてきたら責任取れるんですか?」

「はいはい」

「もしもわたしがまた石化しちゃったらちゃんと助けてくださいね。石像のまま放置とかされたらわたしのリスナーの皆が黙ってませんよ」


『黙ってるよ』

『もうこの女放っておいてよくないか?』


 これが人為的な現象であるとすれば、少なくとも――これで終わるとは思えない。

 転移先のバジリスクで殺せればそれで良し。たとえ殺せなかったとしても、二の矢、三の矢を用意している……少なくとも、その想定と警戒はしておくべきだろう。


「聞いてますか、白玉さん」

「聞いてるよ」

「なんか、空から女の子が降ってきてるんですけど」

「は?」

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