第4話 葛原けい子
小野まちこと葛原けい子は、在原業平が住むことになる柳棚書店へ送っていくことにした。
介護センターでタクシーを呼んでもらい、三人は乗り込む。業平は助手席に、まちことけい子は後部座席を選んだ。まだ幾分、在原業平を警戒しているからかもしれない。
業平は運転手と女子高生二人の会話には入りこめず、寝たふりをしていた。まちこたちは柳棚の反応を想像して、笑い転げている。
いつの時代も、女子の話にはついていけない男たちであった。
「それでさあ、柳(棚)はこのおじさんと一緒に住むことになって驚くだろうね」
そうけい子は、特ダネを得たように笑いながら言う。けい子は短歌よりも記者になりたいのだ。有吉佐和子先生のような、社会問題の本を書くことが夢なのだ。
この“特ダネ”といってもいい業平は、これからの騒動を何も知らないでいた。
「中世の夢でも見ているのだろうか」と、まちこは思った。
まさか祖母が業平の恋人になるとは思わなかった。それ以上に、まちこの高校の短歌部の顧問にまでしたのは、小野さくら、その人だった。祖母は誰にも異を言わせない力があった。
最近はその力を娘の小野雅子に奪われてはいるが、歌の世界ではまだまだ現役だった。
そんな小野家のギスギスした関係に、まちこは家に帰りたくなかった。
まちこの家に比べると、葛原けい子の家は別天地だ。けい子はいまだにママ・パパと呼ぶ。まちこにとっては、海外ドラマのニュー・ファミリーのような家だった。
あれはまだ小学生の低学年のときだっただろうか。クリスマスにケーキを作って、けい子が「私が持っていく」と言ってケーキをひっくり返したのだ。
それでもけい子の両親はけい子を非難することもなく、パパはけい子の泣き顔を写真に収め、フォトコンテストに入賞したのだ。その余白にママの歌が添えられていた。
> 「お転婆はいちご潰して泣き顔の
冬の妖精 甘いパパの娘(こ)」
ちゃっかり祖母の歌会に披露して、周りはドン引きだったが、本人は浮き浮きだったのだ。
写真とセットで見ると、それは小野家にはないクリスマスの温かさだった。教会の鐘が響きわたるような。小野家は寺の鐘が父によって打たれるような厳粛さなのだ。
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