終わりの底で、僕はようやく人間になれた
小説王に俺はなる!!
第1話 崩壊のはじまり
朝倉悠人は、いつものように朝の満員電車に揺られていた。
耳に差し込むイヤホンから流れるニュースでは、
「某大手広告代理店の不正疑惑が浮上」と淡々とした声が聞こえていた。
その会社の名前を聞いた瞬間、悠人の胃がきゅっと縮んだ。
自分の勤める会社の名が、そこにあったからだ。
(やっぱり、出たか)
悠人は知っていた。
社内で長年続いてきた「架空請求」「水増し請求」の実態を。
見て見ぬふりをしてきた自分も、罪の一部だとわかっていた。
オフィスに着くと、上司の宮原が待っていた。
四十代後半、口角だけが笑っているような男だった。
「おい朝倉。昨日の件、口外してないだろうな?」
「してませんよ」
「ならいい。お前は有望だからな。余計なことは考えるな」
その言葉に、悠人は曖昧にうなずいた。
しかし心の奥では、何かが静かに軋む音を立てていた。
「有望だから黙れ」――その論理に、もう従いたくなかった。
夜、自室でノートPCを開き、悠人は社内文書をまとめていった。
架空請求の証拠、メールのやりとり、改ざんされた見積書。
指先が震えた。
これはただの内部告発ではない。
自分の人生そのものを捨てる行為だと分かっていた。
翌朝、匿名で情報を投じた。
SNSではすぐに話題になり、ニュースサイトにも転載された。
だが、予想外のことが起こる。
昼休み、宮原が笑いながら悠人の肩を叩いた。
「おい朝倉、やったな。内部告発の記事、ウチを叩いてるけど、
すぐに収まるさ。ああいうのは外注の責任にして終わりだ」
その笑顔に、悠人は凍りついた。
――全部、想定内だったのだ。
その日の午後、悠人の端末から「機密情報漏洩」の形跡があると通達が入った。
会議室に呼び出され、数名の幹部が並ぶ。
「朝倉君、内部からのリークがあった。君、関与してないよね?」
その声は、すでに「犯人を確認する儀式」に過ぎなかった。
悠人は否定した。
しかし翌日には、社内メールが一斉送信された。
《朝倉悠人(営業三課)は現在、コンプライアンス調査の対象となっています。》
その一文で、悠人の社内での立場は完全に終わった。
休憩室で、いつものようにコーヒーを入れていると、
後輩の奈々子が、ちらりと目を逸らした。
昨日まで笑顔で話していた彼女は、もう他人のようだった。
スマホには婚約者の香織からのメッセージ。
《会社のことでいろいろ噂が出てるけど、本当? 少し距離を置こう》
たった一行だった。
その言葉の裏に、「もう終わり」が透けて見えた。
悠人は会社を出た。
夕方の街は、赤く染まっていた。
人の群れが流れていく。
その中で、自分だけが透明になったようだった。
(俺がやったことは、間違ってたのか……?)
風が吹き抜ける。
答えは、どこにもなかった。
夜、悠人は公園のベンチに座っていた。
缶コーヒーの甘ったるい匂いが鼻を刺す。
スマホの画面には、匿名掲示板のスレッドが並んでいた。
《内部告発者は三課の奴らしい》
《ざまぁwww》
《正義マンって結局自爆するんだよな》
指先が震えた。
自分の正義は、こんなにも軽く笑い飛ばされるものだったのか。
視界の端に、街灯の光が滲んだ。
その滲みが涙なのか、疲れなのかも分からなかった。
悠人は小さく息を吐いた。
その瞬間、何かが確かに「終わった」気がした。
そして、スマホが震えた。
差出人不明のメール。
件名は「お前の味方だ」。
本文は、たった一文。
《真実を暴く方法を知っている。興味があるなら返信しろ》
悠人は指を止めた。
鼓動が早くなる。
その一文が、これからの地獄の始まりになることを、
このときの彼はまだ知らなかった。
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