おじさんの木箱
山犬 柘ろ
第1話
女が、夕飯の買い物に行く途中、机の上に箱を1つ置いて座っているおじさんがいた。
「あなたの欲しいものが一つ手に入ります。500円」
と.机の前に張り紙がされている。
机に置かれている箱は、木でできた古い箱のようだ。
「すみません、お聞きしたいんですけど、500円払ったら500円以上するものでも手に入るんですか?」
少し眠たそうにしていた初老のおじさんは、
「そうだよ。物じゃなくて旅行や願い事でも大丈夫。
500円だよ、お買い得だよ」
と、言った。
「その箱から出てくるんですか?
その箱に入りきらないものだったらどうなるの?」
「持ち運べそうなものならこの箱から出てくるよ。
もっと大きな物や形の無いものだと、あんたの分かる場所に置かれているか、キラキラ光って叶ったことが分かるよ」
女は、やってみることにした。
子供を幼稚園バスに送る途中、服屋のショウウィンドウにこの前から綺麗なグリーンのバッグが飾られている。
欲しかったが、高価だからと諦めていた。
「私、やります。500円ですよね?」
「はいはい、500円ぽっきりだよ。
わたしが『欲しいものを思い浮かべて』と、言ったらできるだけ具体的に、それだけを思い浮かべて。
それだけだよ、浮かべるんだよ」
女は黙って頷き、目を閉じた。
「よし。じゃあ始めるよ。
さあ、あなたの欲しいものを思い浮かべて。」
彼女は目を瞑ったまま、欲しいバッグを思い浮かべた。
《春っぽいグリーンの綺麗なバッグだ。素材は……レザーかな。ゴールドの金具がついていて……あれ?私家に鍵かけてきたかしら?かけてきてない気がする。最近、近所で空き巣の被害があったって言ってたのに……》
「さあ、もういいよ」
と、おじさんは言って箱をゆっくり開けた。
「あなたの欲しいものは箱に入るものかな?あれ?鍵?家に鍵がかかっているように願ったのかい?
それならしっかりかかっているみたいだよ」
女はどうにもなんにも言えなかった。
集中するというのは、大人になるとなかなか難しいものだ。
「もう一度お願いできますか?」
「すまんねぇ、これは一人につき一回しか効き目がないんだよ」
「そうですか……わかりました。いつまでここに?」
「そうだね、今日は暗くなるまではここにいるよ」
彼女は急いで買い物を済ませて家に帰った。
玄関の鍵を開けるときキラキラと金色の粉を振りかけられたように光った。
女は、あのおじさんの言っていることは本当だと実感した。
しばらくして子供を迎えに行き、服屋の前で女は子供に言った。
「あのグリーンのバッグがあるでしょう、あれをよく見て覚えておいて。
これからおじさんのところに行くから、欲しいものを浮かべてと言われたらそのバッグを思い浮かべて。わかった?」
子供は頷き、そのバッグをじっと見ていた。
女はおじさんのところに子供を連れていった。
「この子でまたお願いできますか?」
「ああ、さっきのあんたかい。
じゃあ、ここに座って、思い浮かべてと言ったら君の欲しいものを思い浮かべるんだよ。
さあ、目を瞑って、坊やの欲しいものを思い浮かべてごらん?」
少年はギュッと目を瞑り、何か考えているようだった。
「よし、坊や、もういいよ」
と、おじさんは言い、ゆっくりと木の箱を開けた。
箱の中には三個パックの納豆が入っていた。
女はびっくりした。
「どうしたの?納豆苦手でしょ?」
「僕ね、緑のバッグを思い浮かべようと思ったんだけど、僕の欲しいものって言われたからなぁ。
昨日おばあちゃんちに行ったとき、おばあちゃんが納豆買い忘れたって言ってたんだよ。
おばあちゃん納豆大好きなのに。
今から持って行ってあげない?」
女はそれを聞いて、自分の物欲の強さと、子供の思いを比べて笑ってしまった。
「あんたは今、なんにも必要ないようだ。
優しい息子さんがいるからね」
と、おじさんは言った。
二人はおじさんにありがとうと言い、おばあちゃんの家に、納豆を届けに行った。
おじさんの木箱 山犬 柘ろ @karaco
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます