鷹山莉子の場合(2)


「あの人が帰ってきたら私が話すから」

「ごめんね莉子……」


 通帳は私が小さい頃から少しずつ積み立てた金で、私が結婚する時に渡そうと思っていたお金だそうだ。利子も含めて300万は入っていたそうだが、もしかしたらそれを旦那に取られたかもしれない。


 しかし、旦那はその晩帰ってこなかった。

 次の日もその次の日も……。


 もしかしたら、もう帰ってこないかもしれない。


 ──その方がいい。

 1カ月帰ってこなかったら捜索願いを出そう。


 3週間が過ぎて、目の腫れも引いて跡も残らなくてホッとした。

 キャバクラ店にも問題なく通い始めてうまくいき始めていたのに……。


「おう、莉子、どこに行く? 今すぐ酒を買ってこい!」


 これから出勤という時に急に旦那が帰ってきた。

 3人の外国人。


 中東系の顔立ちで、目つきが鋭い。

 真面目な外国人を数多く見てきたが、この人たちは違う。

 きっと旦那と同じろくでもない連中。


 今から仕事だと伝えたら、別の部屋に連れて行かれて頬を張られた。


「お前……誰に口答えしてんだ? あっ?」

「わっ私が買ってきますから、娘に手をあげないでください」

「うっせーな、ババァ。じゃあお前が早く買ってこい!」


 お店に欠勤の連絡を入れて男たちの接待をする羽目になった。

 その後、母がビールや焼酎、酒のツマミを買ってきて、テーブルに品物を出していく。


 彼らは英語で話しているが、旦那も莉子も英語は話せない。

 なんとなくノリで彼らに付き合った。


 4人で騒ぐだけ騒いで、5時間。

 外国人の男たちの視線が、莉子の胸やスカートをじろじろと見るようになってきた。


「お前、こいつらに1回ずつヤラセてやれよ?」

「なっ、何を言って……あぐぅ」


 信じられない。

 口ごたえしようとしたら、また顔を引っ叩かれた。


「もう金は貰ってるからよ、隣の部屋でヤッてこい」

「娘に何てことを!」

「うるせーババァ⁉ ぶっ殺すぞ!」

「あいたっ!」

「お母さん!」


 莉子を庇った母親に旦那がタバコの吸い殻が山盛りになったガラスの灰皿をぶつけた。


 頭から少し血が出ている母親を見て、外国人たちは肩をすくめるだけで何もしない。


「ピンポンピンポンピンポーン!」


 チャイムが連続して鳴った。

 母親が心配だが、チャイムの鳴らし方が普通じゃないので、やむなく玄関に向かった。


「はい」

「夜分遅くにすみません。私、●●警察署の者ですが……」

「──え? ごめんなさい。少々お待ちください」


 家の奥で急に物音がした。

 2人の男性警察官を玄関前に残し、リビングに戻ると吐き出し窓から旦那と外国人3名がいなくなっていた。


 玄関に戻ると、警察官が一人、玄関から離れて無線で連絡をしていた。もう一人の方が莉子に色々と質問し始めた。


 旦那の氏名、年齢、職業。

 あと外国人のことを色々と聞かれたが、今日初対面で彼らの素性を全く知らないと素直に話した。


「ウチの人がなにかしましたか?」

「実は昨夜、繁華街で乱闘騒ぎがありまして」


 40代のベテランっぽい警察官から経緯を聞いた。


 昨晩、近くにある繁華街で起きた乱闘事件。

 旦那と中東系の外国人3人が、飲み屋で暴れたため、店のバックにいるヤクザと衝突したそうだ。


 昨夜はお店に出てないので、今朝、お店の女の子のLIMEグループで騒いでいたので知ってはいたが、まさか旦那が絡んでいたなんて。


 夜の店には、ヤクザの「シマ」があり、毎日、繁華街の通りに高級車を乗り付けて、エリアごとにヤクザの下っ端が数人待機している。


 そんなヤクザを相手に旦那と外国人は派手に暴れて、あちらに怪我人を出したらしく、これ以上、問題が大きくなり、一般人に被害が出ないよう警察が調べているそうだ。


「では、ご主人が帰宅されたら、すぐに電話ください」

「はい、わかりました」











 


 

 

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