花村沙織の場合(4)


「それで、どうやってあのサイトへ辿り着いたのかしら?」

「たまたまだったんです。検索ワードに【復讐】とか【夫】、あと【浮気】と入力して調査会社を調べるつもりでした」


 テーブルにある自分のグラスを手に取り、赤ワインに少しだけ口をつけて、またテーブルに戻した花村沙織は、御子と呼ばれるインターネットで知り合った女性に答え始めた。


【夫を☆にしませんか?】


 ☆?

 つまり星……夫をアレ・・するってこと?


 あまりにも不思議なサイト。

 開いた途端、ウイルスに感染したりしないか心配だったが、どうしても中が気になったので、開いてみた。


 真っ白な画面の真ん中に小さく先ほどと同じ言葉が書かれている。

 そこをクリックすると、いくつか質問が出てきた。



・夫が☆になっても後悔はありませんか? 


・夫を☆にするためなら、あなたは今の「自分」を捨てることができますか?


・夫が☆になったら、あなたは新たなを受け入れますか?



 抽象的な質問。

 3つとも〈YES or NO〉で答えることができる。

 サイトを開く時、途中でやめようと思っていたのになぜか続けてしまった。


 3つとも〈YES〉にした。

 あの時、夫が家にいてくれたら、すぐに病院へ行って、かわいい我が子を抱き上げることができたのに……。


 その後、メールアドレスと連絡先、自宅の住所と夫婦の職場を入力した。


 入力して確定ボタンを押した後、不安が押し寄せた。


 こんな個人情報を見ず知らずの怪しげなサイトに登録して、何か変な人が来たらどうしよう。


「花村沙織さんですね?」


 数日後、少し忘れかけた頃に沙織が家のドアを開けようとした時に声をかけられた。

 

 きれいな女性。

 それだけに胡散臭いと思った。

 

 だが、「こちらを」と言って手渡された封筒の中を開いて、考えが変わった。


【調査報告書と今後の方針についての最終確認書】


 目を細めて書かれている内容を凝視する。

 たった数日で夫があの逢沢愛未と食事と裏通りでのキス、そしてラブホテルへの出入りを撮った写真と一緒にスーパーで買い物をして彼女の自宅らしきアパートへ二人で入っていく場面を撮った写真。


「こちらは、路地裏での会話を録音した音声です」


 録音機から聞こえてきたのは間違いなく夫の声。


「子どもは間違えてできちゃったんだ」

「本当~?」

「あ~、酔っ払った時にコンドームをつけ忘れて……」


 あの時は嬉しかったことを思い出す。

 結婚して2年近く、今は二人だけの生活が楽しいからと唆され、避妊具をつけて性行為をしていたが、その夜は初めて生でした。その一夜で子どもを身ごもった。


「でも、生まれたら自分の子どもだから愛着が湧くんじゃない?」

「まさか! だってガキなんて生まれたら、離婚する時に面倒じゃん」


 それが本音だったんだ……。


 涙が自然と零れ落ちていた。

 こんな男と3年近く住んでいた自分を呪いたくなった。


 そのまま、写真と一緒に同封されていた繊維質のある紙に目を通す。

 そこには、とても細かく夫、花村昴太を星にする方法が書かれていた。


 場所を移し、彼女の車の後部座席に一緒に乗り込む。

 運転席にはサングラスを掛けた男が、静かに座っていて、こちらを一瞥しようともしない。


 本当に星にする?

 これって、もしバレたら私も一緒に逮捕される。


 でも、子どもの仇を討ちたい。

 彼にもう愛情など一切ない。

 むしろ憎しみと殺意しか残っていない。


「料金はいくらですか?」

「お金はいりません。ですが……」


 これを実行するのは沙織本人であること。

 あと、死ぬまで他言無用でいること。


 この2点が守れるなら、協力者が補助するので、今この場で決めてくれと言われた。


「ぜひ、お願いします」


 最初から沙織のことを愛しておらず、ただ土地のためだけに結婚し、生まれてくる子どもを煩わしく思っていた男。報いを受けて当然だと思う。


 


  


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