魔界軍四天王と期待の新星
白里りこ
サイジャ、新魔王決定戦で
「お初にお目にかかります。
その褐色肌の人型の魔物は、優雅な仕草で右手を胸に当てお辞儀をし、顔を上げた。黒い眼球に灯る葡萄酒色の虹彩が、こちらを真っ直ぐ見つめている。
サイジャはその鍛え上げた筋肉質な腕を組んで、眼光鋭く彼を睨み返した。
事前に読んだ資料では、ヴァクラウルは単身で魔界に来て、数年しか経っていないとのこと。当然、何の役職にも就いていない。
それなのに、並み居る軍人を打ち倒し、魔界軍四天王の先鋒である自分──サイジャの元まで辿り着いている。
異例の事態だ。たかが二十年やそこらしか生きていない若造の分際で、ここまで強くなる魔物は見たことがない。
加えて、魔界で五本の指に入る強さを誇るサイジャを前にして、この余裕の澄まし顔。丁寧な物腰から、舐めた態度が透けて見える。
「しゃらくせえ」
同じく人型として生を享けたサイジャは、鋭い牙を剥き出して笑った。腹の底から湧き上がってくる闘争心に、全身がぞくぞくしていた。
「テメェみてえなバケモン相手に、誰が手加減なんかするかよ」
──昨年、魔王が譲位を宣言した。
もう良い加減お年寄りなので、次世代の魔物に魔王の座を譲りたいのだという。
魔界の頂点に君臨する魔王の選定基準は、何よりもまず実力である。
正式に魔王に就任した者には、魔王にのみ許される数多の魔法の能力が譲渡されることとなる。それらを最も巧みに使いこなせる魔物こそが、魔王にならなければならない。
故に、魔法を用いた試合によって継承者が決定されるのが、長年の習いである。
そういうわけで現在、御前試合が開催されている。
サイジャは軍の上層部として、過去に何度も部下との稽古に付き合ってきた。だがもう長いこと、骨のある奴とは巡り会えていない。
かといって他の三人の四天王は強すぎる。サイジャでは全く歯が立たない。手合わせをしても、瞬く間にすっ転がされて終わってしまう。
自分が今回の試合に勝ち残って魔王になることは有り得ない。他三人の誰かが、順当に魔王の座に収まるであろう。
だからこの試合はただの仕事だ。他三人の前に、その辺の雑魚が辿り着かないようにするための、露払いに過ぎない。単純な流れ作業のようなもの。
しかしどうだ。目の前には謎の伏兵が立っている。
久々に現れた、実力の測れない野郎。
全力を出してぶつかり合える、滅多に無い機会だ。お手柔らかになんて、冗談じゃない。
青空の下の円形の競技場。舞い上がる土埃。興奮してぴょんぴょこ飛び跳ねている小型の魔物たち。立ち見で成り行きを見守っている大型の魔物たち。一等席でこちらを注視している現魔王。
サイジャは薄桃色の前髪を掻き上げて、視界を広げた。本気を出す時のお決まりの仕草だ。
「テメェも本気で来いよ。でねえと面白くねえ」
「……では、お言葉に甘えて」
言葉を交わす二人を、審判役を務める魔界宰相が、観客席の最前列で静かに見守っていた。しばらくして頃合いと判断したらしく、彼は手に持った鉦を叩いた。ガァンと耳をつんざく音が響く。
「試合開始!」
ヴァクラウルが右手をスッと前に差し出した。サイジャは腰を落とし、両腕を胸の前で交差させた。
理性をなくした戦闘狂のようだとも称されるサイジャだが、全くの考えなしに戦っているわけではない。現にこうして、初っ端で突っ込むことは控え、全力の防御体勢を取っている。
ヴァクラウルの得意な魔法は支配魔法──相手の動きを意のままに操る魔法だという。ふざけるのも大概にしやがれ。そんなぶっ飛んだものを持って生まれるなんざ、まさしく反則級だ。これまでの雑魚どもがやられたのも頷ける。
だが対処法はあるはずだ。初手で防御して隙を作りさえすれば、こちらから強気で反撃に移れる。
早速ヴァクラウルが魔法を放った。太陽の光を思わせる燦然たる輝きが、彼の全身から発せられている。サイジャの防御魔法による透明の障壁が、その光を阻んで堰き止める。
競技場の中心に、さながら
──なるほど。支配魔法……本人の周囲にいる者を、あまねく従わせる仕様か。
如何にも王者といった風格で、鼻につく。ついでに
そんなことはさておき、こいつの攻略法が見えた。
防御魔法は魔力消費が激しい。死角をなくすために自分の全身を囲って展開し続けるのは、なかなかに骨が折れるものだ。少なくともサイジャの実力では、長くはもたない。防御は極力効率よく使って、魔力を節約したい。
そしてヴァクラウルは自分を中心にして魔力を全方位に発散している──制御が甘く、無駄が多すぎる。
こちらからは、前や横からの魔法に注意するだけで事足りてしまう。
奴に背後を取らせなければ、支配魔法を防げる。サイジャは常に奴の正面に回って、前方にのみ障壁を集中させていれば良い。
そのまま接近戦に持ち込めれば、勝機はある。
サイジャは、後方に張っていた防御魔法を解除した。
ヴァクラウルの細い目が、更に細められた気がした。
気が付いた時には、サイジャは地べたに這いつくばったまま身動きが取れなくなっていた。
は? と叫びたかったが、喉すら動かせない。
「騙されて下さってありがとうございます、サイジャさん」
ヴァクラウルが悠然と歩いて近づいてくるのが、視界の端に映る。
「私の魔法の制御が、そんな単純なはずがないでしょう」
後ろをガラ空きにするよう誘導されたのだと気づいたサイジャは、悔しさのあまり歯噛みしたかったが、やはりできなかった。
ヴァクラウル──才能があるだけでなく、頭も回る。油断ならない相手だ。
このことを他の三人の四天王に伝えて、対策してもらわなければ、魔界がこいつに乗っ取られてしまう。余所者に好き勝手されるのはいけすかない。
しかしそんなサイジャの企みは、儚くも潰えることとなる。
「すみませんが、本気で来るように、とのことでしたので……」
ヴァクラウルがサイジャの頭上で足を上げた。あ、まずい、と思った時には、ヴァクラウルの長い脚がサイジャの腹のど真ん中を貫いていた。
「ぐあっ!!」
ようやく叫ぶことができたサイジャだが、もう手遅れだった。
魔物は、心臓を直接破壊されない限り、死ぬことはない。しかし決定打を与えられた場合、全身が塵のようにバラバラになってしまい、元の姿に戻るまでに時間がかかってしまう。命を守るために備わった、魔物の特性である。
サアッと風が吹き、サイジャは己の体が散り散りになっていくのを感じた。
「試合終了! 勝者、ヴァクラウル!」
宰相が宣言するのが遠く聞こえる。
これでは情報を上に伝えられない。先鋒としての役割を果たせない。このままでは、本当にこいつが──。
「くそが!」
そう叫んだのを最後に、サイジャの全身は空中に離散した。
──ふよふよ、とどれほど漂っただろうか。塵になっている間の記憶は、いつも曖昧だ。
目を覚ましたサイジャは、魔王城の医務室の寝台に横になっているのに気が付いた。
上等な布を被せられていて、体は清潔に保たれている。丁重に世話をされていたらしい。手間をかけてしまって申し訳ない。
「ぐうぅ」
全身が薄い刃物で引き裂かれたように痛む。上手く体が動かせない。
「あ、サイジャ君」
耳慣れた声が聞こえた。サイジャが辛うじてその
魔界軍四天王の次鋒たる女性、ベンテニヤだ。
「目ェ覚めた? 良かった良かった」
「うう……次代、魔王、は……」
「ヴァクラウル君に決まったよ。いやー、強かったねアイツ」
予想はしていたが、全くもって気に食わない。サイジャは舌打ちをした。
「くそ。あんな新米に好き放題されちまうなんざ、情けねえ。あんたにも、奴の情報を教えてやりたかったんだが、な……」
サイジャは咳き込んだ。痛みで、喋るのもままならない。
「気にしない、気にしない。サイジャ君の情報なんて、ハナからアテにしてなかったよ」
「ひ、ひでえ」
「じゃあアタシ、誰か呼んで来るから。仕事ついでに立ち寄っただけで、暇じゃないし」
「う……すまねえ……」
「喋ってないで寝てな」
サイジャは目を瞑って、体の隅々までを苛むピリピリとした痛みに耐えた。激痛とまでは言わないが、地味に気に障る感覚だ。
「あ、そうだ、サイジャ君」
ベンテニヤが戻ってきて、戸口から顔だけをひょっこり出した。
「ヴァクラウル君、アンタに会いたがってたから、お見舞いに呼んどくね。新魔王様に失礼のないよう、ちゃんと挨拶しなよ」
「なっ」
改めて、あのスカした新参者が魔界の頂点になったという事実を思い知らされ、頭痛が酷くなった。
こんな状態で奴に見舞われたところで、どういう態度で接しろというのか。無様に負けた自分がなおのこと不甲斐なく、サイジャは喉の奥で小さく唸った。
──だが、あの戦いは、短いながらも、愉しかった。
全力で戦う瞬間を味わえて心地良かった。
そのことだけは、素直に伝えてやっても良いか。
サイジャは深々と息を吐き、肺に走った痛みに少しばかり顔を顰めながら、再び眠りについた。
おわり
魔界軍四天王と期待の新星 白里りこ @Tomaten
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