【六】挑発、勝負、そして
俺の提案に、少女は顔を険しくさせた。
「…………」
「ハハ、もしかして負けるかもーって思っちゃった?」
あまり怒らせたくはねえが、こうでもしないと、この子は俺に向き合ってくれないだろう。
安い挑発を口にしたら、ヒュッと雷が飛んできた。
正確に眉間を狙ったそれを、ひょいと首を傾けて
「今ので賭けに乗ったことにするけど、構わねえよな?」
肩をぐるぐる回して屈伸する。
その間も、ヒュンヒュンと魔導弾が飛んでくる。
それを逐一躱して準備運動を終えると、俺は神剣を抜いた。
「んーじゃ次は俺の番だな!」
鈍色の剣を構えて、地面を強く蹴る。
……こうして俺の恋と、ついでに生死もかけた真剣勝負の火蓋が切って落とされた。
万一負けたらあの世行きだろうが、どうせ暇だし、こういうスリルもたまにはいいだろ。
人生は楽しんだもん勝ちだからなー!
◇◇◇
──遺跡の闘技場にて。
観客席はあれど、俺たち以外誰もいない。
静かな舞台上で、いつ死の淵を転がり落ちてもおかしくない武闘が、かれこれ二時間近く続いていた。
しっかし、あっちも体力あんね。
そういうとこにも惚れちゃうぜ。
蛇のようにしなる雷の鞭が俺を襲う。
ヒュッと息を吐く。体を半身にして避ける。
地面を勢いよく蹴って接近。足払いをかける。
だが紙一重で躱された。
ガッと剣と籠手を噛み合わせ、二人同時に飛びすさる。
十歩ほどの距離を挟み、俺たちは睨み合った。
「……やっぱ君、つえーなぁ」
軽く息が上がってる。向こうもそうだ。
でも、こっちは傷つけないよう手加減してんのに対し、向こうは殺意マシマシ。
完全に殺る気で来てる。
そろそろカタをつけねぇと、ジリ貧なのは俺の方だ。
その彼女は、さっきからスゲェ苛立ってピリピリしてた。
理由は何となく察してる。
俺が明らかに全力出してないもんだから、向こうからすると、見下されてる気分なんだろう。
そんなつもりは全然ないんだが、かといって、全力出すわけにもいかねぇしな。
少女は冷やかに俺を睨んだ。
「……殺すつもりで来たらいかがですか。さもなくば、死ぬのはあなたですよ」
「それは違う。君と結婚するまで俺は死なねーよ」
「…………きしょい」
「あ、今の傷ついた」
胸を押さえてよろめくふりをする。
少女は細い腕をすっと伸ばし、掌を上に向ける。
そして怒りを込めるように、一抱えほどもある雷球を生成していく。
「……骨まで灰にしてあげましょう」
バチバチと火花を散らすそれが、矢よりも速く殺到する。
一瞬の逡巡もなく──俺は光球を避けずに、真正面から突っ込んだ。
そして一閃。
雷を真っ二つに斬る。
神剣だからこそ可能な、曲芸じみた技だ。
そのまま勢いを殺さず、彼女に向かって一直線に駆ける。
大きな魔導式を使った直後、彼女は、ほんの少し隙が生じる。
二時間も戦ってりゃ、戦う時のクセみたいなのも見えてくるってもんよ。
俺も伊達に勇者やってねえからな!
彼女を地面に引き倒し、マウントポジションを取って──幕切れだ。
「今日、用意した最後のプレゼント、受け取ってくれ」
カチリ。
彼女のほっそりした首に、俺は鈍く光る金属の環を嵌めた。
◇◇◇
はあ、はあ、と少女は荒く息をついている。
うーん、めっちゃ悔しそう。
そういう顔もかわいーけど、じろじろ見てたらまた怒られそうだ。
俺は彼女の上から即座にどいて、距離を取った。
俺の服、あちこち焼け焦げて穴開いてっから、万一呪いが発動したら困るもんな。
改めて自分を見ると、思ったよりズタボロだった。
ま、俺は丈夫なのが取り柄だから、こんくらいはどーってことない。
パチンと指を鳴らすと、俺の服は瞬時に新しいものに変わった。
一瞬で服を入れ換えるこの魔導式は、いつでもどこでも着替えができるという優れもの。
魔導バカのエリオットが作ってくれた術式だ。
レディの前で服を脱ぐわけにはいかねぇもんな。
これがあって良かったぜ。
そうそう、エリオットといえば。
あの子に嵌めた首環は、あいつに頼んで三日で作らせたミスリル製の特別な魔封じで、普通は三週間かかるらしい。
エリオットは「寿命が削れた」とかブツブツ文句を言ってたけど、あいつはしぶとく百まで生きるタイプだろ。ぜってぇそう。
ちなみにあの首環は、嵌めた人間しか外せない仕様になっている。
つまり、俺に権限があるってこと。
少女がゆっくり体を起こした。
殺意のこもった目で睨まれたけど、魔導が使えなければ普通の女の子でしかない。
体術のみでも相当強いけどな。
ま、それだけだったら何とかなるだろう。
「こわくない、こわくない」
新しい手袋を嵌めた手を差し出すと、無言でペチーーン、とはたかれた。
「嫌だったか、ごめんな。でもこうしないと、君はまともに話してくれないだろ?」
「…………」
「約束どおり、名前と好きなもん教えて?」
「……………………メルトル」
「それが名前?」
少女がこくりと頷く。
「そっか、すっげぇかわいー名前だなー!」
メルトルかぁ、よき名だ……と何度も反芻する。
名前を聞いただけで心がほわっと温かくなるのは、これが恋だからか。
いいなぁ、恋。
「次、メルトルの好きなもん教えてくれ」
「…………そんなものは、ありません」
「えっ、ないってなんで?」
そんな馬鹿な……と、ついびっくりしてしまった。
その反応が面白くなかったんだろう。
メルトルは俺をきつく睨みつけた。
「この地の守護を任された私に、そのようなものは不要です」
「守護ねぇ……ちなみに何年ここにいんの?」
「……1114年と5ヶ月」
「千年!!?」
長い。長すぎる。俺は思わず天を仰いだ。
つまり彼女は、旧文明の時代からずっとここにいるってことか……
やっぱ
でも……それ以上に。
千年ものあいだ、無為に過ごす孤独の方を先に考えてしまった。
この子がどんな目的を与えられてたにせよ、俺ならぜってー耐えられん。
クソな呪いのせいで、二年近くぼっち生活だが、それでも結構メンタルに来てるもんな。
独り言、スゲェ増えたし。
千年とか……想像したら、バケツ一杯分の涙が出ちまう。
──千年一人ぼっちだったメルトルに、何かしてやりたい。
そんな思いが、湧き出る温泉のごとく溢れてしまう。
「よし、こうしよう!」と俺は手を打った。
「メルトルの好きなもん、一緒に探す!」
「…………」
少女は遊色に輝く瞳を丸くした。
「こんなとこにずっといたら、好きなもんとかわかんなくて当然だ。ごめんな、気づかなくて」
「え……あの……」
「でも見方変えたらさ、メルトルの場合、好きなもんに出会う楽しみが無限にあるとも言えるわけじゃん。スゲェわくわくしねえ?てわけで、俺と一緒に外に出て、好きなもん見つけよーぜ!」
「……言ってる意味がよく理解できません」
「ま、若干強引なのは認める」
笑って肩をすくめると、メルトルは呆れたように眉を寄せた。
「でもさ……世の中には綺麗なもん、面白ぇもんが、たくさん転がってるんだ。だから色々見た後で、一番好きなもん、教えてくれたらいーよ」
「…………そのようなことをして、あなたに何の利益があるんですか」
「ハハ、愚問だなー。探してるあいだ、メルトルと一緒にいられるじゃん。ほら、行こ」
俺はもう一度手を差し出した。
そして、またペチーーンとはたかれた。
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