【三】不審者(勇者)、神殿に潜入

 


 ギルドを出て、建物を屋根づたいに移動する。

 修行で覚えた暗殺術の応用だ。

 これなら呪いの事故はそうそう起きない。

 だが、覆面でコソコソ屋根から屋根へ飛び移る姿は、かなり不審者度が高い。

 早く普通の人生に戻りてえー……


 しかし近道ではあるので、神殿にはすぐ着いた。

 相変わらずでっけえなぁ、と思いながら、白亜の建物を見上げてると、ふと嫌な記憶が甦った。


「……そういや前回、正面から入ろうとして、かなり揉めたんだっけ」


 あー、盗人だと思われて袋叩きにされるとこだったんだよな……

 盗人が正面から堂々と入るわけねえだろ……とは思うが、この格好が怪しすぎるんだよなぁ。


「……よし、こっそり侵入しよう」


 俺は人目につかないよう安全策を取ることにした。

 すなわち不法侵入である。

 トラブルを避けるためには致し方ない。

 ちゃちゃっとアンナヴェリを探し、寄付金もついでにあいつに託してしまおう。


 そうと決まれば早速実行だ。

 俺は屋根の上を助走し、足元を強く蹴って神殿の外壁を一気に飛びこえた。

 音もなく着地。

 中庭をコソコソ横切って──神殿に侵入成功。

 ハハハ、楽勝楽勝。

 ……俺、一応勇者なのに何やってんだろうな。


 まあいい。アンナヴェリだ。あいつ、どこかな。

 ──そうして建物をうろつくこと半刻。

 俺はやっとあいつを発見したのだった。



 ◇◇◇



 カサカサと天井を伝って接近する。

 前にこれやったら、アンナヴェリに「あの黒い虫みたいで気持ち悪くてよ」と言われ、なかなかショックだった。

 あいつと俺は互いに恋愛対象ではない。

 だから、虫みたいと思われても一向に構わねえが、ほかの女の子には見せない方が賢明だろう。


 アンナヴェリは、廊下で神官の誰かと喋っていた。

 天井に張りつき、神官がどっか行くのを待つ。

 早く終わんねえかなあ。

 そう思いながら、白銀の髪の儚げな美女──アンナヴェリを眺めた。


 ……相変わらず、嫌味なくらい美人である。

 それは認めざるをえない。

 この国の王子も薔薇にたとえて絶賛してた。

 実は俺も初対面では見とれた。……今では完全に黒歴史だが。


 天井に張りついたままじっとしてたら、話を終えた神官が去っていく。

 床に降りるタイミングを窺ってると、ふとアンナヴェリが俺の方を向いた。


「……ラムド、もう降りてきても構わなくてよ」

「バレてたか」


 返事して、スタッと床に降りる。

 アンナヴェリが俺をじとっと見た。あれはおそらく、黒い虫を見る目だろう。


「よお、元気そうだな」

「ええ、あなたも。でも、その不審者スタイルは相変わらずなのね……」

「うーるせえ、しょうがねえだろ!それより解呪の術、もう出来てたりする?」

「残念だけど、まだよ。色々試してはいるのだけど」

「そっかぁ……まあ、ごめんな」


 俺の呪いで時間を取らせて申し訳ない。

 そう伝えたら、アンナヴェリは目を細めて、ツンと横を向いた。


「あなたが気にすることではなくてよ。その程度の呪いも解けないなんて、わたくしのプライドに関わるもの。それにあなたは……一応、その、仲間だから」

「おう、俺もお前が仲間で良かったって思ってるぞ。悪いが、頼むな!」


 目出し帽越しにニカッと笑ったら、アンナヴェリはふんと口を引き結んだ。

 ……あ、もう一つ用事があったんだった。


「なあアンナヴェリ、これ預かってくんない?」


 袋詰めの貨幣を渡すと、アンナヴェリは顔をしかめた。


「これは何かしら」

「寄付金。俺、格好がやべぇから色々疑われるんだよな。盗んできたのか?って。だからお前が代わりに、手続とかやってくれたら助かるんだけど」

「……あのねえ、こんな大金、他人にホイホイ預けるものではなくてよ?」

「え、なんで?別に問題なくねーか。俺、お前のこと信用してるし」

「……」

「それにお前、金より権力ってタイプだろ?……いってぇ!何だよ、ホントのことじゃん!」


 アンナヴェリは持っていた本で殴ってきた。

 不機嫌そうに眉を寄せている。

 でも実際、こいつは強烈な上昇志向を持つ女だ。

 イケメン王太子の求婚さえ即断る、極端な実力主義者なのである。曰く、


「わたくしは神術を極めて、神殿の頂点に立つと決めているの。王族との結婚なんて、その野望に邪魔なだけだわ!」


 ……だそうだ。

 神殿の階級社会で成り上がり、すべての神官を上から見下ろしたい。

 そんな野望を胸に秘め、アンナヴェリは常に努力していた。

 いや、胸に秘めるだけじゃなく、時々口にして、俺やエリオットをドン引かせていた。

 アンナヴェリにとっては、魔王討伐さえ通過点。

 王太子との結婚も眼中にないらしい。


 ……王子からの求婚とか、俺からするとめちゃくちゃ羨ましいけどなぁ。

 いや、価値観はそれぞれなんだけどさ。

 羨ましいもんは、羨ましいじゃん。

 ただ、以前俺が、


「美人な王女に『結婚してくださいラムド様!』って迫られたら、俺なら飛びついちゃうと思う」


 そうポロッと溢したら、


「恋愛脳すぎて気色悪いわ」


 と、ストレートにボロクソに言われたのだった。こいつとは一生わかり合えない気がする。


 ……そんなアンナヴェリだが、呪いを解く方法に関しては、真剣に模索してくれている。

 解呪出来なかったらプライドが許せない、つーのもあるだろうけど、一応俺に友情めいたものを感じてるらしい。

 変な女だけど、悪い奴じゃない。


 ちなみに今の王家に王女はおらず、他を見渡しても、呪われ勇者と結婚したがる猛者はいない。無念。


 そうしてアンナヴェリと別れ、俺はそんまま山小屋に戻った。



 ◇◇◇



 ──そんなこんなでまた月日が流れ、魔王討伐から一年以上が経った。

 その間、アンナヴェリの新しい解呪を試したり、エリオットが文献を漁ってくれたりしていたが、結果ははかばかしくない。

 呪いは続行中だ。しぶとい。


 俺はいまだ不審者コーディネートを卒業できず、かわいーカノジョとの出会いもなく、年齢=カノジョいない歴を順調に更新している。

 まだ20歳だから焦ってないけど、これが60とかになったら……と思うと辛い。


 それに、人に混じって暮らせないと暇で仕方ないんだよな。

 俺、読書とか、じっとしてんの苦手だし。

 だから、ひたすら魔獣を狩って時間を潰してた。

 人の役に立ってるはずだし、寄付もして善行積んでるし、俺えらいーと思ってたら、何事もやりすぎはダメらしい。


 ある日、珍しくエリオットとアンナヴェリが揃って小屋にやってきたと思ったら、


「お前が魔獣を狩りすぎて、ギルドから仕事がなくなると泣きつかれたぞ」


 眼鏡をくいっと上げたエリオットに、そんなことを言われてしまった。


 

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