第36話 漆黒の勇者

「調子に乗るなよ、小僧ッ!」


 フェイタルの全身から瘴気めいた黒い魔力を放出された。それは王の肉体さえ見えなくなるほどの禍々しさで猛りながら泥の鎧のように全身にまとわりつく。


 かつての自身の遺骸いがいである剣を底なしの泥のような黒い魔力が吞みこんだ。


「ドラゴンとの戦いで魔力を消耗した今なら話は別だろう。その命をもって償え!」


 黒い腕が振るわれる。ただそれだけで魔力の黒い斬撃が迸った。


「小賢しい!」


 怒りに任せて真紅の光剣で弾き飛ばす。

 そのまま剣飢えの王子は玉座に向かって一直線に駆けた。


「⁉ ヴィトー、先走らないで!」


 ミスティアの忠告と同時に、無葬剣フェイタルは新たな形で新生する。


 聖剣の神々しさはなく、闇を押し固めたように表面が黒くなった剣がヴィトーの一撃を受け止めていた。


「⁉」


 先ほどまでの精鋭騎士相手にはなかった手応えが返ってきた。


 真紅の光剣と漆黒の暗剣が拮抗する。


「望み通り、その決闘を受けてやろう。我が息子よ《、、、、、》」


 フェイタルの声は地獄の底から聞こえてくるようなくぐもったものに変質していた。


 全身を包んだ黒い魔力は、不気味な黒い甲冑を形作る。


 頭部から生える二本の角の形状からドラゴンが人の形をとったような印象だった。その表面はゾワゾワと蛆虫が蠢きひしめいているように見える。


 漆黒の勇者がそこに立つ。


「足りない肉体を魔力で補った上、常に流体状にすることでヴィトーの魔力抵抗による破壊から瞬間的に修復するなんて……」


 ミスティアは、敵のアンヴェイル対策を看破しながら愕然とする。

 そんな器用な真似が可能なのか?


「なら修復より先に致命傷をあたえるまでだ!」


 ヴィトーが息もつかせぬ連撃を轟然と重ねていく。

 フェイタルの応戦も負けていない。


 むしろ余裕があるのは敵の方だ。

 的確にアンヴェイルの軌道を見極め、本体への直撃を防いでいた。


「────ッ!」


 ここにきて、ヴィトーの思わぬ弱点が露呈する。


 剣が砕ける呪いに苦しめられてきたヴィトーは、常に一撃必殺と即時離脱を軸とする極端な戦闘スタイルを確立してきた。それは訓練ですら同様。裏を返せば、一本の剣でまともな斬り合いを続ける経験ができないまま今日まで至った。


 多彩で多様な駆け引きの伴う剣戟に翻弄されて、ヴィトーは持ち味である勇猛果敢な攻めがわずかに鈍る。


 そしてフェイタルは隙を見逃さない。その動きはこれまで無葬剣フェイタルの使い手だった歴代の勇者の動きを模したものだった。


 漆黒の勇者と剣飢えの王子による決闘。


 魂なき技術だけの盗用に、ヴィトーは徐々に押されつつある。


 少しでも気を抜けば、逆に自分の命が刈り取られてしまう。


 ドラゴンを屠った大出力による力押しができず、連戦による疲労、さらに地力の差によって苦戦を強いられる。


「フハハハハ、王に逆らい五体満足でいられるとでも!」

「おまえの器だぞ?」

「手足の一本を斬り捨てても玉座に座れれば問題ない!」


 常軌を逸した判断に、相手が人ならざる怪物だとヴィトーは思い知らされる。

 そんな激しい斬り合いをミスティアは見ていることしかできなかった。

 下手に魔法で攻撃をすればヴィトーまで巻きこんでしまう。


 新たな攻め手を模索している最中、事態は動く。

 ヴィトーがついに力負けして、腕を跳ね上げられる。


「────」


 防御が間に合わない。

 やられるッ!


 だが斬撃とは異なる衝撃がヴィトーを突き抜ける。

 そのがら空きの胴体に漆黒の勇者から強烈な蹴りが放たれて、玉座まで吹っ飛ばされた。

 ヴィトーの身体は無理やり玉座に叩きつけられた。


「さぁ大人しく肉体を明け渡せ」

「断、る……」


 意地だけで反抗する。

 負傷してヴィトーの視界が赤く染まる。

 当たり所も悪かった。痛みでヴィトーの意識が朦朧とする。アンヴェイルも光となって手の中から散っていた。身体が思うように動かない。


「なら、先に魔女を殺すまでだ」


 フェイタルは素早く距離を詰め、ミスティアの首を片手で絞め上げた。

苦悶の表情を浮かべながら必死に暴れるが、ビクともしない。


「このまま首をへし折るか」


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