第35話 紅剣乱舞
「邪魔者は排除するに限る。まぁ、なんの理由もなく殺したら問題になるから、ちょうどいい口実に、魔女として死んでもらったわけ。また僕の正体を疑われるのもダルいし、いい機会だから国中の魔女をすべて狩ることにした。賢いでしょう」
「なんて身勝手な」とミスティアは声を引き攣らせる。
人工精霊は独善的なまでに自己完結していた。
限りあるひとつの命が生きていく中で学び変化して、死してなお後の世代に引き継ぐ感覚が根本的に欠如していた。
これは最初から高度な完成品でありながら、重大な欠陥品だった。
「そういう風に創ったのは母上でしょう?」
魔女の罪は、いまだ多くの犠牲を重ねて悪びれない。
「えぇ。だから責任を果たします。三大厄災具は、私がすべて破壊します」
「僕こそ唯一無二にして不滅の存在だ。人間より生まれて、人間より優れ、人間を支配するに相応しい真の王であるぞ。永久に王として君臨する!」
剣の牢獄を脱した人工精霊は叫ぶ。
これからも何度も肉体を乗り継ぎ、自分は終わりなき王であり続けると。
「無理ですよ」
だが、それを囁くように否定したのは他ならぬ生みの親であるヲウスの魔女だった。
「────何?」
「しょせん、あなたは無葬剣フェイタルが使い手を呪う機能。大昔の私に匹敵する程度の知識しか持ち合わせていません」
「三大厄災具と呼ばれるほどの高度の魔道具を創った魔女に謙遜は似合わぬ」
フェイタルは己にとって不快なことを聞き流す。
「王様ごっこはおしまいです。あなたは誰よりも近くにいながら、ヴィトー・ラザフォードを知らなすぎる」
ミスティアはそっと彼の手を握った。
「魂はそんなに都合のいいものではありません。フェイタル、あなたにできるのは人形遊び。人間の真似事はできても、人間にはなれない。そして、ヴィトーの身体に移ることもできない」
ミスティアは、被創造物が増長して堕落していく様を心の底から憐れんでいた。
「ありえない!」
フェイタルは初めて本気の動揺を見せる。ムキになった子どもだった。
「肉の器を得られたことはさぞや気持ちよかったでしょう。えぇ剣の中では決して味わえない様々な快楽に満ちています。ドラゴンを殺した英雄として誉めそやされ、最高権力者として人々を支配する日々のおかげで、人間の生臭ささが染みついています。気持ち悪い」
ミスティアは軽蔑の視線を送る。
「魔女風情が
フェイタルは久しく感じたことのない屈辱に思わず玉座から立ち上がる。
「なら、どうしてヴィトーの肉体をさっさと乗り移らなかったのです?」
「器がより強く大きくなるのを待って──」
「もっともらしい言い訳は結構。ヴィトーの高い魔力抵抗に阻まれて入れなかったんでしょう、それこそ王妃を殺した時の幼かった彼でも無理だった」
ミスティアは嘲笑うかのように見抜いた真実を突きつける。
魔法もない国で王様としてふんぞり返っているだけの日々に知識は更新されず、ミスティアに創造された時以上の学びは得られていないのだ。
「黙れ」
「だから、その死体同然の肉体を使い続けるしかなかった。逆に無理をすれば人工精霊である自身が消されてしまうから?」
「黙れ! 王への侮辱は万死に値する!」
フェイタルの命令に、精鋭騎士が一斉に動き出す。
甲冑の奥で双眸が赤く輝く。まるで何かに操られているように一糸乱れぬ動きで、剣を振りかざす。
「あれらはフェイタルの傀儡です。容赦せずに」
「わかった」
迎え撃つヴィトーはアンヴェイルを顕現させた。
玉座の間で真紅の光剣が乱舞する。
一対八という状況で、その剣技の冴えと壊魔剣アンヴェイルにより数の不利を物ともしない。
振り下ろされた剣と光剣がかち合う。
拮抗はなく、アンヴェイルは
ヴィトーが手に入れた唯一無二の剣は敵と認めたものを容赦なく斬る。
「雑魚だな。次」
その人知を超えた斬れ味は精鋭騎士を死体に変えていく。
次々に手足ごと吹っ飛ばして戦闘不能となった彼らは断末魔もなく転がっていった。
同時に斬りかかれたところで、戦場における乱戦に慣れたヴィトーは背後に目がある様に敵の接近を見逃さない。確実に一撃で潰して、即座に応戦。薄闇の中を踊る様にアンヴェイルの赤い残光が美しい剣閃を描いていく。
剣飢えの王子は王を守る騎士たちを無情なほど圧勝していった。
気づけば八名の精鋭騎士は全員倒された。
疲労困憊でなお冴え渡るヴィトーの剣。
「さぁ、おまえの番が来たぞ。剣を取れ。一対一の決闘だ」
ヴィトーは無葬剣フェイタルを拾って、玉座に向かって投げつける。
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