第34話 王の器
「いいや、僕を創ったのは紛れもなくおまえだ。ヲウスの魔女! 僕はあなたの顔を覚えている。そこの剣という名の牢獄に押しこめられたまま生まれた時から片時も忘れたことがない!あぁ、親子が感動の対面を果たしたぞ。今日はなんて素晴らしい夜だ」
耳障りな笑い声に、ヴィトーは進み出る。
「ドラゴンを操っていたのは貴様か?」
「いかにも。僕の人格も知識も母親譲りだ。当然、魔法もな。魂を別の肉体に移し替える魔法くらい造作もない」
フェイタルはささやかな悪戯がバレた子どものように、むしろ得意げに喜んでいた。
「つまり貴様は俺の父上ではないわけだ」
長年、王として父として向き合っていた存在は偽物だった。
「僕は紛れもなく貴様の父親だよ、ただし、肉体的にはね」
「…………なら、本物の勇者は? 俺の父上の魂はどこへ消えた?」
「さぁてねぇ。最後の聖剣に選ばれた男はドラゴンを殺すのに精一杯だったからな。トドメを刺して死んだのか、僕が入ったせいで消えたのか。どの道、まだ使える肉体を無駄にせず。僕の新しい器としてもらっただけさ」
その信じられない言葉にヴィトーは耳を疑った。
「盗人猛々しいとはよく言ったものだ。そんな下劣な魂が聖なる剣を名乗るなど不遜もいいところだ」
「自分から名乗ったつもりはないよ。僕には母上がくれた無葬剣フェイタルという立派な名前があったのに、君の先祖が勝手に僕を聖剣に祀り上げただけさ」
悪びれる様子もなく、骨と皮の王は肩をすくめた。
「騙したの間違いだろう!」
「そんな怒った顔をするなよぉ。かつての故郷を帝国に滅ぼされて、北から逃げてきた君たちの一族に様々な助言を与えてきたのは事実なんだ。僕が毎回新しい王様を選んであげて知恵を授け、戦いでは力を貸してあげた。僕の声を聞く者はみな勇者として人々の尊敬を集めていたよ」
「聖剣の声が王も勇者も操っていただと?」
「その通り! 僕が強くて大きな国に発展したんだ。いわば、王国の育ての親さ」
「戯言を抜かすな!」
ヴィトーの全身から魔力の炎が噴き上げる。
「ドラゴンを倒してまだそれだけの魔力が残っているの? 君はやっぱり最高の器だよ。大事に手元に残しておいて良かった」
フェイタルはからかうように拍手を送る。
「残しておいた、だと?」
「ほら、君の母親だった王妃。あれは昔から面倒な女でさ。子どもの頃から魔法のまの字も知らないくせに僕の声が聞こえているんだもの。ずいぶんと手を焼かされたものだよ」
「母上が……?」
「僕も心が広い方だけど、子守りにも限度がある。ドラゴンが現れた時には君の父親が聖剣を使おうとするのを猛反対するし。この男も君によく似て、根は熱い男だったよ。王国の一大事となれば正義感から迷わず僕という力を使ったよ」
フェイタルは、勇者として見る影もない細腕を眺めた。
「汚れた貴様と違って、生前の勇者は真に王国を守るために殉じた。良かった、僕の父は尊敬に値する男だったか」
ヴィトーは今やっと自分の両親がふたりともこの世にいないことを受け入れた。
「そして、母上を殺したのが別人で本当に良かった。これで遠慮なく、俺は偽物の王を討つことができる。もうこれ以上父上を恨まなくて済む。ようやく、母上の敵討ちができる」
ヴィトーは心から笑っていた。
貴公子然とした装いを捨て、純然たる復讐に燃える男がそこにいた。
「……そういう愛情って毎度不可解なんだよねぇ。いつも気色悪い。どうして他人のために命を投げ捨てようと思うわけ? いや、自分が死んだらおしまいでしょう?」
「無知が罪とはまさにこのことか?」
言葉を交わすほど、どこまでも分かり合えない現実が浮き彫りになるだけだった。
「あの王妃も僕が帰ってくるなり、中身が違うってすぐに気づくわけ。嫌になっちゃうよね。ウザったいから君ら親子は離宮へ遠ざけたわけ」
フェイタルは、たらたらと昔の文句を言い続ける。
人工精霊はひた隠していた秘密をぶちまけられる解放感に酔い痴れていた。
場にそぐわない呑気で軽薄な空気で命を侮辱する態度が、この上なくヴィトーの癇に障る。
「母上が王宮内で孤立していたわけだ。誰も魔法を知らないから王様の中身が変わっているなんて信じるわけがない。唯一まともな母上の方が、異常者として扱われたわけだ」
ヴィトーは幼少期の実態を正しく把握した。
これが悲劇と呼ばずになんと呼ぼうか。大切な家族が戦いから帰還して別人になっていた。
「周りはドラゴンとの壮絶な戦いで人格が変わったと勝手に納得していたよね。無知な人間は扱いやすくて助かる。特に宮廷の連中は欲望を叶えてあげれば簡単に言うことも聞くし」
この王がいまだ政で影響力を持つ理由がまさにこれだった。
長年蒔いた欲望で結ばれた共犯関係は、支配の仕組みとなって複雑な根のごとく広がり、揺るぎない権力基盤を築き上げた。
「ただ、僕にも誤算があった。僕の高尚な魂に、人間は器として脆すぎたんだ。せっかく王様になれたのに、いくら他の女を抱いても子どもを孕ませられないし、肉体はどんどん劣化していった。仕方なく君を新しい王の器に決めたんだ」
フェイタルはヴィトーを指さす。
「──王の器とは、文字通りフェイタルを移し替えるための器というわけか」
ヴィトーは己が生かされ続けた真の理由を知る。
「ところが、ここでまた君の母親が猛反対するわけ! 王妃という立場だから一応生かしておいてあげたのに本当に無礼だよね。自分の息子は王様になるんだから大して変わらないのに」
「──だから、殺したのか?」
母の死の真相を聞かされて、ヴィトーの口の端から血が滲む。
殺した犯人は王である──ただし、その中身は無葬剣フェイタルの人工精霊だった。
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