第33話 無葬剣フェイタル

 再び騎乗したサムを見送った後、ミスティアは辛うじて残った魔力で回復魔法を唱える。


 満身創痍のふたりはなんとか立ち上がり、肩を預け合いながら焼け野原を進む。


 ふたりは地面に突き刺さった一本の剣を見つけた。


 それはドラゴンの肉体から出てきた物だった。


「やはり、無葬剣フェイタル。どうしてこんなところに」


 ミスティアは長年探していた三大厄災具のひとつをついに見つけた。


「まさか聖剣の正体が、三大厄災具の剣とはな」


 王家が代々守ってきた剣が実は呪われし魔剣だったとは驚きを禁じ得ない。

 結果的にふたりが探し求めていたものが同じだとはおかしなものだった。


「剣にヒビが入ってますね」

「俺の攻撃のせいか?」

「いえ、おそらく前回の時でしょう。その証拠に、剣の中身が空っぽですね」


 ミスティアは細かく検分した結果、そう述べる。


「剣の、中身?」

「あなた方が聖剣の声と呼ぶものの正体です。無葬剣フェイタルは使い手に強力な魔力と魔法をもたらし、死ぬまで戦わせる。それを可能にさせたのは剣の中に宿された優れた人工精霊のおかげです」


「人工精霊……?」


「たとえば剣の切れ味が鋭くとも、使い手次第で宝の持ち腐れになります。人工精霊に肉体を支配させることで、その実力差を埋める。経験のないものでも達人級の剣技を再現し、魔法を使えるようになる。ただし、使い手の無事は保証されません」

「それが剣による支配か。ずいぶんと恐ろしいものを創らされたな」


 ヴィトーは気の毒そうに思いながら、ミスティアの肩に手を置く。


「戦争中は手っ取り早く最強の戦力を用立てることが至上命題とされ、人の生死など二の次でした。敵より強く、速く、勝つことだけが平和への近道だと信じられていた時代でした」

「魔が魔を呼ぶというわけだ」


 ミスティアが繰り返し言い続けた言葉の重さを、ヴィトーも真の意味で共有できた。


「これで辻褄つじつまが合いました。ヴィトー、王宮へ戻りましょう」

「どうやら俺は玉座から逃れられない運命のようだ」

「あなたにとって辛い真実を明かさなければなりません」


 ミスティアの表情は暗い。


「構わないさ」


 ヴィトーは迷わない。


「過去に決着をつけましょう」


 ふたりは偽りの王が待つ王宮を目指す。


  ▼▲


 王宮は不気味な静けさに包まれていた。

 晩餐会の騒ぎでさえ大昔の出来事であるかのように城内の者は眠りついていた。ドラゴンが王都を暴れ回る姿に誰もが恐れ、逃げ出したか、あるいはどこかに身を潜めていた。


 ふたりの足音だけが響く。


 辿り着いた玉座の間で、ふたりを待ち構えるように王は鎮座していた。


 まるで王冠を載せた骸骨だ。


 その左右には王直属の精鋭騎士八名が無言のまま居並ぶ。まるで彫像のように不気味な沈黙を保ち、ヴィトーたちの登場にも微動だにしない。


「王の器よ、よくぞ帰った。大事はないか?」


 かけられた言葉は王が晩餐会に現れた時と同じ。


 だが、ヴィトーはもはや同じように受け取ることはできなかった。


 薄闇に浮かぶ王の顔の死相はより色濃く、それなのに煌々と光る眼だけが不気味に輝く。


 ただし、一方の目は潰れており血を流していた。


「その片目はどうされました?」


 ミスティアは白々しく訊ねる。


「聖剣もなしにドラゴンを殺すとはな。やはり王の器として申し分ない」


 王は質問に答えず、ヴィトーに対して驚きと賞賛を口にした。

 傷も痛みも介さず、まるで何事もなかったように悠然と玉座から王子と魔女を見下ろす。


「ボロボロではないか。王の前に立つにはあるまじきみすぼらしい格好だ。不敬であるぞ」

「あのドラゴンはよっぽど魔女に恨みがあったようですね」


 ミスティアは、無葬剣フェイタルを床に投げ捨てる。


「これがドラゴンの中から出てきました」

「クハッ! せっかく丹精こめて創った剣をずいぶんとぞんざいに扱うものだな」


 王は愉快げに口元を歪めた。


「中に宿っていた肝心の人工精霊が抜けています。ただの抜け殻です」


 ミスティアは重たい口調で弾劾する。


「まだ生きていたドラゴンにトドメを刺そうとしてヒビが入った。その時に消えたのだろう?」

「そして勇者の肉体を乗っ取ったのですね。無葬剣フェイタル」


 ミスティアは王の正体を見破る。


「クッ、クハハハハハハハーーーーーーー!」


 王の哄笑が薄気味悪く反響した。

 死が目前に迫る痩躯からは想像もつかない声の大きさだ。歓喜、殺意、懐旧、屈辱、複雑な感情が含まれていた。


「まさか、生きて再会できるとは思わなかったぞ。久しいなぁ、母上ぇ!」


 玉座の上ではしゃいだせいで、潰れた片目から喜びのあまり血の塊が涙のように流れる。

 酔いが冷めたみたいに老獪な威厳ある口調から、無邪気な少年のように高い声でハキハキとした忙しい喋り方になった。


 かと思えばピタリと停止して、最大限の敬意を示すように手を胸元において自らの創造主に一礼する。


「私を、母などと呼ばないでください」


 魔女は歪で醜いものから反射的に顔を背けてしまう。

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