第32話 竜殺し

 瀕死のドラゴンの両翼が広がる。

 喉から胸部にかけて内部から爆発が起きたような状態で、顎が半壊し、口腔が焼けただれて使い物にならない。それでも残った力で魔女を狙う。


「──俺の剣はもう砕けない」


 自由落下しながらヴィトー・ラザフォードはなおも両手で剣を構えていた。


 魔剣アンヴェイルの剣身は魔力によって構成されている。ならば柄の部分もまた魔力に代えられない道理はあろうか?


 もはや短剣による補助など必要ない。


 剣の感覚は完全に掴んでいた。


 アンヴェイルが物理的な剣に近しい形状で留まっていた理由。


 それはヴィトーが想像する剣の大きさや形に無意識に囚われすぎていたからだ。


 抑えていたものを解放する。思いこみの枠から飛び出す。固定観念を破壊する。


 ──魔力により創造された剣が、人の持てる常識サイズに収まる必要がどこにあろうか?


 想像するのはドラゴンの首を落とすほどの大剣。


 再び束ねられた魔力は、一撃必殺が剣の形として顕現していた。


 落下していくヴィトーと空中のドラゴンの位置が綺麗に重なる。


「今度こそ死ね!」


 ヴィトーは巨大化した壊魔剣アンヴェイルを水平に振り抜く。


 最期にドラゴンの隻眼に映りこんだヴィトー・ラザフォードは、剣神ゼボルディスが断罪の刃を振るうがごときだった。


 至近距離から解放された赤い魔力が夜に地平線を引くように宙を奔る。


 ドラゴンは首が刎ねられるどころか、巨体そのものを呑みこんで焼き尽くされた。


 すべてを賭した一撃は見事にドラゴンを倒した。

 手元のアンヴェイルが光となって散りながら、そのままヴィトーも落ちていく。


 ヴィトー・ラザフォードは竜殺しを果たしたのだった。



 壊魔剣アンヴェイルの赤い斬撃がドラゴンを焼き尽くす。


 ドラゴンの死体にかかっていた魔法が一瞬にして消される。

 そして身体の奥深くに突き刺さっていたものが十年の時を越えて、外に放り出される。


 聖剣と呼ばれた剣の形状にミスティアは誰よりも見覚えがあった。

 あれこそ長い年月をかけて探していたもの。


 だが、それよりも魔女は急降下して、真の英雄を救うことを優先した。


 気を失ったヴィトーは地面に激突寸前だった。


 どれだけ急いでも間に合わない。


「ヴィトー!」


 彼の名を叫ぶ。

 だが、この手は届かない。


「まったく、これだから世話の焼ける!」


 疾走する馬を駆る騎士が間一髪でヴィトーの身体を受け止める。


 衝撃による馬の嘶き。華麗に手綱を繰り、騎士は馬を落ち着けさせた。


「サム!」


 遅れて、ミスティアも地上に降り立つ。

 ドラゴンの攻撃により死んでいたと思われた副官は煤けた鎧姿で生きていた。


「相変わらず命知らずなことばかりする主ですね」


 サム・ダニエルは、沈黙したままのヴィトーの身体を地面に下ろす。


「ヴィトー、生きていますか?」


 ミスティアは痛みを押し殺して、ヴィトーの安否を確かめるようと必死に呼びかける。


「しっかり、してください。死んではダメです」

「王子! あなたに死なれては困ります!」


 サムもまた叫ぶ。


「お願いだから返事をして! ヴィトー!」

「…………今生の別れにならずに済んだな、ミスティア」


 その声を聞いた途端、魔女から涙があふれ出す。


「バカ! どうしてあんな無茶をしたんですか! 死んでいたかもしれないんですよ!」

「守りたかった。ただ、それだけだ」


 ヴィトーは精一杯強がるが、いつもの余裕はさすがになかった。


「よくぞ、よくぞドラゴンを倒しました」


 ミスティアは長い人生の中で別れには慣れたつもりだった。


 だけど、いつだって例外は存在する。どれだけ諦めたふりをしても特別なものに出会えば、人は思い出してしまう。


「あなたが生きていて、良かったです」


 魔女はヴィトーの胸に顔を伏せ感涙にむせび泣き、その偉業を心の底から讃えた。


「ミスティアも無事で良かった」


 ヴィトーはそっと愛する女の頭を撫でる。


「サム。おまえも死んでなかったみたいだな」

「危うくドラゴンに丸焼きにされるところでしたけどね。上手く建物が遮蔽物となって、即死を免れました。それに、あなたの活躍が見えてもう一度立ち上がることができました」


 サム・ダニエルもまた爆風で身体を吹っ飛ばされて負傷していた。

 だが、友のために平気を装っている。


「それでこそ我が騎士団の男だ」

「あなたを死なせるわけにはいきませんからね」


 男たちは笑い合う。


「ここはもう大丈夫だ。悪いが、街の人の救助を指揮してくれ」

「かしこまりました。王子」


 サムは姿勢を正し、唯一無二の主の命令に応える。

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