第31話 赤と白の激突

「⁉ ミスティア逃げろ!」


 声が届いているかも不明。


 ドラゴンはあっという間にヴィトーの頭上を飛んでいった。羽ばたきの風と音がヴィトーの頭を押さえつけるほど強かった。


 遅れて空から水と血と灰、肉片がぼたぼたと落ちていく。


 ヴィトーの存在は完全に無視され 魔女であるミスティアだけ執拗に狙う。


「──父上」


 飛翔するドラゴンに意志があり、ヴィトーはその正体を直感した。


 ヴィトー・ラザフォードに殺す価値はない──否、殺すわけにはいかない。


 その接し方はこれまでのヴィトーに対する態度と同じだ。

 言葉にできないまま、長年味わってきた侮辱だった。


 後継者であることが当たり前であり、剣もまともに握れない苦悩をろくに知りもしないまま役割でしかヴィトーを見ていない。


 王はただ「王の器」として優しい言葉をかけて大切そうな態度をとりながら、息子が父親に対して本当に求めているものを何ひとつくれなかった。母を殺した謝罪もなく、ひとり苦しむ息子に寄り添うこともせず、剣が砕ける呪いを知りながら無関心であった。


 だからヴィトーはすべてを自力で解決してきた。


「ふざけるなッ!」


 馬を急いで反転させて、ヴィトーはドラゴンを追いかける。


 地上に不吉で巨大な影を王都に落とすドラゴン。


 その光景に生き残った人々は身を縮めて見上げるしかない。


 上空ではミスティアが必死に杖で動き回って、ドラゴンの爪や牙から逃れていた。

 時折、火球や風で反撃するが大した効果はない。

 掠めれば死を免れない空中戦。ミスティアの姿は風に揺れる木の葉のように頼りなく、危うげだった。彼女の魔力が底をつけばドラゴンの餌食になってしまう。


 どうする? 運任せにアンヴェイルの斬撃を天に放つべきか?


 ミスティアは最初からこちらの未熟さを織りこみ済みで、動かない的としてドラゴンを湖岸に繋ぎ止めようとしていた。


 すなわち自由に動く対象を、安全圏にいる状態では確実に斬れないということだ。

 託された一撃必殺を闇雲に使うわけにはいかない。


「地上からでは無理だ」


 魔法に携わる者たちの高みに今のヴィトーは辿り着くことができない。

 ただ見ていることしかできない苦しさに、歯噛みする。


 それは母上が殺された瞬間の再来だ。


 幼すぎたヴィトーは訳も分からぬまま見ていることしかできなかった。

 何も言えず、何もできないまま母の死を見過ごすことしかできなかった。


「また繰り返すのか?」


 ヴィトーは全力で否定する。


 あの時とは違う。ヴィトーにはもう唯一無二の武器がある。決して砕けない剣がこの手の中で輝いている。


 壊魔剣アンヴェイルの真紅の光を見つめた。


 不安定に燃え盛る十字の光剣。


 考えろ。考えるんだ。ここで諦めたら、また大切な人を目の前で奪われる。たとえ命に代えても今度こそ絶対に守ってみせる。


 たとえ空を飛べなくても、あの高さに届けばいいのだ。


 この真紅の光剣が触れれば、魔法を破壊できる。

 届かない距離を埋めるために今のヴィトーができること。


 消せない怒りがここにある。やり直せない過去に後悔は尽きない。それでもまだ守りたい未来と場所がある。


 そのために自分の現在のすべてを惜しみなく注ぎこもう。


 ヴィトーは開けた場所まで馬を走らせる。

 まだ残り火がくすぶる焼け野原の中央で馬から降りる。


「降りてこないなら、こっちから出向いてやるよ」


 アンヴェイルの切っ先を大地に向けた。


 森の樹々を一撃で切り倒した大火力を攻めではなく、移動のために使う。


 自分が土台になって攻撃を放つのではなく、自身を空に放てばいい。


 接近すれば動く的も当てられる。


「壊魔剣アンヴェイルがヴィトー・ラザフォードのとっての聖剣だ」


 恐怖を乗り越えろ。己の力を信じろ。


 誰よりも勇気ある者だけが英雄と呼ばれるようになる。


 空中ではドラゴンが魔女を白い火息の射程に捉え、開口していた。


 ミスティアの回避は間に合わない。


 ヴィトーの身体を駆け巡る膨大な魔力を一点に圧縮して──爆ぜさせた。


 剣の形を成していた魔力は燃え盛る炎の奔流となって矢のごとく解き放たれる。

地上に咲いた巨大な赤い花は必殺の種子を飛ばす。


 それは赤い流星のごとく一瞬で天を翔けた。


 森を一撃で刈り取ると同等の推進力で魔女とドラゴンの空中戦に乱入。ドラゴンの白い炎の射線上にヴィトー・ラザフォードは強引に割りこんだ。


 解き放たれた死の激流はドラゴンでさえ止めることができない。


 ミスティアが気づいた瞬間には、盾となったヴィトーの姿が白い炎に呑みこまれていく。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!」


 ヴィトーは上昇の勢いそのままに、魔力の激流を強引に御しながら空中でまさかの方向転換。赤き剣の切っ先をドラゴンに向けた。


 激突。


 赤き奔流と白き火息が正面からぶつかり合った。


 拮抗は一瞬にも満たない。


 ヴィトーがトドメを刺そうとさらなる魔力をこめたことで限界を迎えてしまう。短剣が魔力の放出に耐えきれず砕け散った。


 手元で赤い火花が爆ぜて、ヴィトーの身体はさらに上空へと放り出される。


 ドラゴンも胸の古傷が爆ぜて、盛大に血を吹きながら白い火息が途切れる。


 ふたつの力は相殺されて大爆発を起こした。


「ヴィトー!」


 爆風にきりもみしながらミスティアの悲痛な叫びが夜に響く。

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