第30話 駆け引き

 王都の焦土の中から、ずんぐりとした灰色の影が何体もむくりと起き上がる。


 ミスティアの魔法により大量の灰を血肉に、瓦礫を骨としてアッシュ・ゴーレムが生み出される。見た目はウッド・ゴーレムと大差ないが、灰色の身体と材料の違いから動きは速い。


 修理を終えた杖に跨って飛行するミスティアは、上空からドラゴンの様子を伺う。


 やはり先ほどの炎の息吹によるダメージは甚大らしく、湖から現れた直後よりも動きは緩慢だ。冷却のために再び湖の中に戻っていた。それでも簡単には冷めないらしく水中でドラゴンの身体が赤々と熱を帯びている様を確認できた。


 ミスティアはアッシュ・ゴーレムの軍勢を先陣として突撃させる。


 ドラゴンの身体に張りつき、灰の巨人が瓦礫の混ざった尖った拳を振るう。梁などが焼け溶けた表皮に突き刺さる。鱗が弾け、ドラゴンの血肉が飛び散った。


 ドラゴンは首や身体を揺らして、アッシュ・ゴーレムを振るい落とす。


 湖に落ちた灰の巨人は濡れた途端、形が溶けて消えてしまう。

 数を重視した最低限の詠唱により動かしているので、頑丈さは二の次の使い捨てだ。


 ドラゴンの顎が開かれ、アッシュ・ゴーレムは簡単にかみ砕かれる。


 その数でひたすら押す戦法で冷却の時間を遅らせていく。


「風の杭よ、回旋をもって、抉り貫け」


 アッシュ・ゴーレムがドラゴンの目元を覆う。


 その瞬間、ミスティアは圧縮して回転をかけた風を弾き飛ばす。それは巨大な杭となって灰の巨人ごと眼窩を貫いた。


 ドラゴンは片目を潰されて、激しく首をのけ反らせた。


「脳まで貫通させるつもりだったのに。やはりドラゴンは生物として強靭ですね」


 目論見よりもダメージが小さく、ミスティアは舌打ちする。


 既にアッシュ・ゴーレムの七割が湖に沈み、灰に還った。

 湖岸は灰で泥のようにぬかるみ始めた。

 そろそろ攪乱と牽制も限界だ。


 だが、攻め入る死角は確保した。


 ミスティアは不安げに地上を見つめる。


「頼みましたよ、ヴィトー」


 祈りの声が届かずとも、剣飢えには伝わっている。

 魔女より見出されし真紅の光剣はその一閃をもって答えるだろう。



 ドラゴンの片目が潰された。


「行くぞ!」


 ヴィトーは鐙を蹴り、馬を走らせる。

 片手に手綱、もう一方には壊魔剣アンヴェイルが輝く。


 アッシュ・ゴーレムの進軍に紛れる形で、ヴィトーは一気にドラゴンへと接近する。


 急接近の最中に、ヴィトーは自身の魔力を集中させていく。晩餐会で贈られた短剣を柄として、その先端への膨大な魔力が収束する。


 後は解き放つのみ。


 少しでも気を抜けば暴発してしまいそうな緊張感。


 ドラゴンの首を断つほどの一撃を無作為に放つわけにはいかない。

 森の惨状を思い返せば、さらなる二次被害をもたらす。


 ドラゴンへの必中、さらに攻撃の放たされた先には何もあってはならない。


 ゆえにヴィトーの攻撃方向は湖を正面としたものでなければならず、そのためにミスティアはアッシュ・ゴーレムでドラゴンを湖岸に押し留めていた。


 水平方向で攻撃が飛んでいけば被害は最小限に済む。

 大通りを一気に駆け抜け、湖岸へと達する。


 隻眼がヴィトーを確かに射抜いた。


 反射的にアンヴェイルを握る腕が恐怖で震えて暴発しそうになる。


 だが、ここで予想外の事態が起きた。


 ドラゴンの背中の両翼が広がり、空へと浮上したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る