第29話 邪竜退治、ふたたび。
ドラゴンの息の根を止める方法など想像もつかなかった。
王都にいる騎士団を全軍突撃させたところで足止めできるかも怪しい。見るからに固く分厚そうな鱗に人間の武器が通じるとは到底思えなかった。
さながら岩山を崩すような難行。
勇者は聖剣の力を合わせてそれを成し遂げた。
「どうして、ここに聖剣がないんだ」
ヴィトーは初めて自分のためではなく、人々を救うための剣が欲しいかった。
何もかも捨てたつもりで、また捨てきれないものがある。
失うことで、その大切さは重さとなって心にのしかかる。
生き残った人間はドラゴンから背を向けて、壁の壊れたところから必死に王都の外側へ逃げ出していく。
その間にもドラゴンは何かを探すように首を巡らし、王都内を移動する。
またあの光が放たれれば、大勢の犠牲が出てしまう。
それだけは阻止しなければならない。
「ありもしない武器をアテにしてどうします。今は残った者でやれることをやるだけでしょう」
ミスティアは立ち上がって、茫然自失のヴィトーに並び立つ。
「すまない。俺は玉座を捨てられても、民を見捨てることはできない。おまえは先に逃げて」
「バカを言わないでください。目の前の悲劇から尻尾を巻いて逃げるような男は、こっちの方からお断りです」
「……いい女だな」
「そっちこそ魔女にすっかり
隣で彼女が笑う。それだけで勇気が湧いてくる。
「ドラゴンを討つ。力を貸してくれ」
「あの程度のモンスター、倒せない相手ではありませんよ」
「本当か⁉」
あれだけの破壊を前に、ミスティアは希望を失っていない。
その瞳に映るのは他ならぬヴィトー自身だった。
「ドラゴンの首を落とすだけの力ならこちらにもあるでしょう?」
「──アンヴェイルか!」
「どうして魔を破壊する剣と名付けたと思うんです? あなたの異常に高い魔力抵抗と膨大な魔力量を合わせた斬撃なら、モンスターの高い防御力をも上回ります。実際それほどの強力な一撃をあなたは既に放っているでしょう」
ヴィトーは森を斬り倒した瞬間を思い出す。
「あの一撃を叩きこめばいいんだな」
「ドラゴンとはいわば歩く城塞です。私たちはたったふたりで城攻めをするに等しい挑戦をするんです。覚悟してください」
「ここで逃げれば王国そのものが滅びる」
城の方に見るが、どうにも兵が動いているような気配が一切ない。
もう病んだ王が勇者として駆けつけることはないのだろう。
英雄を待つよりも、自分たちでできることをするしかない。
「勝ち目はあります。ドラゴンには妙なところがいくつかあります」
「妙なところ?」
ミスティアは両目に魔力を集中させて、遠くのドラゴンの様子を観察する。
「弱点である喉元の逆鱗から胸にかけて大きな裂傷があります。前回の戦闘の際に受けた傷でしょう。明らかに致命傷です。その影響で先ほどの炎を吐いたドラゴンの全身に異常なダメージが見受けられます。自らの熱に耐えられず鱗は溶けて剥がれ落ちている。特に体内で火息を生成している火肺が著しい損傷しているのでしょう。そこら中から炎が漏れている」
「自壊覚悟で炎を吐いたのか? 生物なら痛みもあるだろうに」
「だから、既に肉体は死んでいるのかもしれません」
「殺されたのに動いているのか⁉」
「死体を操る魔法もありますからね」
「あんなバカでかいものまで動かせるとは、魔法とはとんでもないな」
ヴィトーは改めて魔法に無限の可能性を感じてしまう。
「生物としての呼吸の問題から考えても、死体の可能性が高いです。火竜の類が、水中で十年も眠っていることはありえません。生きていなければ呼吸なんて関係ありませんからね」
「だが、死んでいるのに殺せるのか?」
「言ったでしょう。壊魔剣アンヴェイルは魔法の天敵だと。あなたの一撃ならドラゴンを動かしている魔法そのものを破壊できます」
「最終的には俺次第か。皮肉なものだ」
国を捨てた途端、国を救う機会が訪れた。
「とはいえ、ドラゴンの炎を再び吐かれたら厄介です。炎を吐くには溜めが必要です。その時間をあたえないように私が囮になって気を引きます。ヴィトーはその間に準備をしてください」
ヴィトーは納得しつつ、その先を確認する。
「首を落としてもドラゴンが動いていたら、どうする?」
「動かなくなるまで物理的に破壊し続けるしかないでしょう。現実的ではありませんが」
巨大なドラゴンの身体を解体するなんてどう考えても手間だ。
「それでもダメなら、おまえは遠慮なく逃げろ。この国と運命を共にするのは俺だけで十分だ」
結局、ヴィトー・ラザフォードはどこまでいっても王子であることから逃れられない。
「そうならないために勝つのです。どの道、また炎を吐かれたら王都の立て直しは困難に等しいです。二発目の炎が放たれる前に決着が絶対条件です」
ぶっつけ本番だが、作戦はシンプル。
ミスティアが囮になって気を引き、ヴィトーがドラゴンの弱点である逆鱗に目がけて全力の斬撃を放つ。
「わかった。今生の別れにはさせないぞ」
「もちろん。私の命運を、あなたに託します」
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