第27話 邪竜再臨
王はひとりテラスに出て、美しい湖を見下ろす。
魔力の気配を辿れば、ヲウスの魔女と王の器が城から脱出していた。
「すべての魔女は死なねばならぬ」
両手を広げ、そう告げた。
黄金の杖が転がる。
王の肉体は糸が切れたようにその場で崩れ落ちた。そして、一切動かなくなった。
突如として湖の真ん中が爆ぜる。
天高く水柱が激しく上がった。その爆発音は夜の王都中に響き割った。飛び散る水飛沫が霧のように上空を漂う。
その中に浮かび上がるのは巨大で禍禍しい影だった。
人々は思い出す。
かつて聖剣に選ばれし勇者によって倒された怪物が湖の深き底に眠っていることを。
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無事に王宮を逃げおおせたヴィトーとミスティアは目立たぬところで着地、そのまま夜の街に歩いて壁門の外を目指す。
人ごみをかき分けるように賑やかな繁華街を進む。
「魔法で空を飛んで一気に逃げられないのか?」
「私ひとりなら可能ですけど、ふたりだと大した距離を稼げません」
「なら城壁のところで馬を調達しよう。城でのことが伝わる前なら、問題なく借りれる」
「手ぶら同然で逃避行とは我ながら無茶なことを」
ミスティアは城で交わした熱い口づけの熱が冷めて、自分らしからぬ行動に様々な感情が去来する。
「ふたりなら問題ないさ」
ヴィトーは初めて王子としての責務から解放されたことや空を飛んだ経験に、気分は高揚しっぱなしだった。すべてが新鮮に感じ、楽観的で浮き足立っていた。
「これだからお坊ちゃん育ちは! 旅暮らしはそんな楽なものじゃないんですよ。路銀だって持っていないのに」
「どうにかなるし、どうにかするさ」
そう堂々と言ってのける様に、ミスティアは不思議と嫌ではなかった。
彼は本気で己のすべてを投げうって魔女と人生を共に歩もうとしているのだ。
「途中で野宿が辛くて王都に帰らないでくださいよ」
「おまえなぁ。魔女狩りだけでなく地方領主の反乱を鎮めるために、俺が騎士団を引き連れて国中をどれだけ転戦したと思っているんだ。そんなの慣れっこだ」
「まぁ、後は人相書きが出回る前に国外脱出するのが安全でしょうね」
「二度と帰れない覚悟はできている。ここには俺の愛すべきものはもうないんだ」
ヴィトーの声に悲しみはない。
むしろ、ようやく見切りをつけられて新しい人生の一歩を踏み出すことができる。
ふたりは壁門まで辿り着く。
「お待ちしてましたよ、ヴィトー様」
そこにサムや一緒に帰ってきた騎士団の面々が勢揃いしていた。
「相変わらずの機動力だな。移動が速くて驚いたぞ」
「無茶な指揮官に率いられていれば嫌でも鍛えられますので」
ヴィトーは前に進み出る。手は腰元の剣に伸びていた。
「邪魔をするな」
「この人数をひとりで相手取るのは骨が折れますよ。我々の実力はあなたが一番よくご存知でしょう」
サムは淡々とした声で確認する。居並ぶ騎士団の面々も余裕の笑みを口元に浮かべる。
「本当に行ってしまわれるのですか?」
「あぁ。おまえを斬ってでもな」
ヴィトーは睨みを利かせ、どう最短でこの場を切り抜けるか考える。
相手に怪我をさせずに済むなんて穏便なやり方はできない。
全員殺す気でかからないと捕らえられてしまう。
と、そこでサムは盛大なため息をつく。
それを合図にこらえきれなくなった騎士団の面々は一斉に噴き出し、大爆笑していた。
「まったく、あなたはどうしてそういつも先走ろうとするのです」
「どういう意味だ?」
ヴィトーは理解できず首を傾げる。
「あなたは自分が思うより部下にずっと信頼されているってことです」とミスティアは状況を把握した。
脇から二頭の馬が連れてこられる。いつでも出発できるように準備は万端だ。
「最低限の旅支度は済ませておきました。これをお使いください」
「俺たちを捕えにきたんじゃないのか?」
ヴィトーはいまだ彼らの厚意を信じられない。
「サムさんはおふたりが大広間から脱出してすぐ、もしもの時のために準備するように我々に指示を出したんですよ。いやぁ~美酒美食を諦めて見送りの待機をしていた甲斐がありました。なぁ!」
ひとりの部下が誇らしげに説明すると、他の面々も頷く。
「王子の剣が砕けないことにも驚かされましたよ」「あの炎みたいな光も途中まではぜんぜん出なくなったし」「やっぱり、女ができると王子でも変わるんですねぇ」「指揮官がサムさんになると厳しそうで嫌だな」「ヴィトー様が幸せになるのは一番ですよ。王様って大変そうだし」
ヴィトーと共に戦場を駆けた仲間は彼らなりの別れを口にする。
ただひとり、サムだけはいつもと変わらず険しい表情を保つ。
「サム! おまえ優秀すぎるだろう!」
「私はただ出世したいだけです。あなたがいなくなれば次は副官の私がこの騎士団のトップになります。いいこと尽くめですよ」
「俺が王位に就いても、どの道この騎士団は預けられるのはおまえだけだぞ」
「それまであなたの尻拭いを続けろと? ご冗談でしょう。もうあなたの世話をしなくて済むと思うと清々します」
「感謝するぞ、我が生涯の親友サム・ダニエルよ」
ヴィトーは長年の友を力強く抱きしめる。
「後はお任せください。あなたはもうただのヴィトーだ」
彼らが仲間で良かったと、ヴィトーは心の底から感じだ。
「ヴィトー、急ぎましょう。追手が来ます」
馬に跨り、最後に仲間たちの姿を見届ける。
「我らの
「「「「「栄光あれ!」」」」」
サムが剣を高々と掲げ、他の者たちは喝采を上げる。
次の瞬間、夜を白く染めるような巨大な水柱が湖から天高く上がった。
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