第24話 一曲踊ろう
テーブルに並んだ料理は王宮の料理人が腕によりをかけた絶品ばかり、どれも美味しかった。旅の野宿や安宿では決して味わえない高級食材、手間ひまをかけた調理法による豪勢な食事に、心もお腹もとても満たされた気分になる。
横ではヴィトーへの挨拶はひっきりなしに絶えず、彼はそれを慣れた風にこなしていく。
「王子殿下。この度は無事の御帰還、心よりお喜び申し上げます。魔女狩りの遠征成功のみならず、こんな美しい女性をお連れになるとは王子も隅におけませんなぁ。ゆくゆくは立派なお世継ぎが生まれますこと、お祈りしております」
「うむ。おまえのところの剣にはいつも助かっている」
「王子、ささやかではございますが此度の御帰還にお祝いの品をご用意しました。どうぞお納めください」
その男は武器の商で財を成して貴族商人だった。
魔女の息子でも金払いが良ければ上客だ。軍内部の武器庫だけでは剣を賄いきれないため、ヴィトーは自らが使い潰す専用の剣を用立て、遠征のたびに剣を男から買っていた。
武器商人が手渡した長方形の薄い箱を開ける。
「ほう、いい短剣だ」
柄は手にしっくりと馴染み、曇りなき刃は鋭い光を放つ。
鞘にしっかり収めて、ヴィトーはそのまま懐に忍ばせた。
「お気に召したのなら光栄です。どうぞ今後ともご贔屓に。では」
誰もが判を押したように帰還の無事と魔女狩りの功績を讃えた後、世辞やおべっかを使いながら贈り物と共に自分たちの要望をさり気なく、あるいは露骨に織り交ぜてくる。
ヴィトーは
挨拶の列がようやく途切れて、ヴィトーはそっと息をつく。
「王子様はリップサービスがお上手ですね」
「父上が病床に伏すようになってから、公務は段階的に引き受けていたからな」
「存命中に王位継承はなされないんですか?」
「不吉なことを言うな」
「真っ当な判断ですよ。王の重責から解放された方が治療に専念でき、心安らかに過ごせるでしょう。あなたにならきっと安心して国を任せられるでしょうし」
「いまだ王の影響力は絶大だ。おいそれとはいかぬものさ」
「竜殺しの英雄という威光とは輝かしいものですね」
王都に帰還してからのヴィトーの振る舞いや家臣とのやりとりを見ていれば、城の実質的な
挨拶にやってくる貴族たちも早くヴィトーに軸足を移したいという気配が伝わってきた。
「俺が成長しようとも、剣も握れぬ魔女の息子だ。歓迎しない大臣も決して少なくない。見劣りを感じるのだろう」
「思いこみで実利を損ねるなんて愚かしさの極致ですね」
ミスティアは我が事のように腹を立てていた。
「人間とはそういう度し難いものだ。一度信じてしまったものがたとえ間違っていたとしても捨て去るのは容易なことではない。」
過ちを正すのは苦難の道だ。
ヴィトーが幼い頃より晒されてきた周囲の視線、無言の気配、風に乗って聞こえてくる陰口など悪意は言葉以外でも十二分に伝わる。
それを振り切り、自分を認めさせようとヴィトーはあらゆることに励んで、今の立場を築き上げていたのだ。剣が砕ける呪いがあるなら、大量の剣を使う戦法を確立する。自ら騎士団を指揮して、魔女狩りの成果を上げてきた。戦場での活躍が仲間の信頼を勝ち取り、政の場での振る舞いが海千山千の大臣たちに一目置かれるようになった。
ただの血筋による王位継承だけなら、とっくに寝首をかかれている。
「お母上を手にかけた王を恨んでいないのですか?」
「そこが厄介なところだ。父上は俺の王の器だと大切に庇護してくれた。母を殺された怒りや殺意は消えないが、そのおかげで表立った妨害や排斥を被ることもない。本来なら俺は、いつ死んでもおかしくない人生だった」
割り切れない胸中は泥を飲み下すような苦しさと不快感を伴う。
それでもヴィトーは王座を継ぐ生き方を選んだ。
「では、まずはどうやって壊魔剣アンヴェイルをお披露目するかですね。魔法だとハッキリ伝えられれば良いのですが……」
「少なくとも父上が生きている間は難しいな」
「王様のご機嫌を伺っている間は、何も変えられないじゃないですか」
「そうでもない。おまえのおかげで俺は武器を得ることができた。十分な進歩だよ」
「おだてても何も出ませんよ。私は脅されただけなんですから」
魔女ミスティアに出会っていなければ魔法の知識も手に入らず、ヴィトーは今も剣飢えのままだった。
ヴィトーは穏やかな表情を隣に向け、ほとんど手をつけられていない料理を食べた。
「ミスティア、食事は楽しんだか?」
「はい、とても。こんな贅沢な料理ばかり食べていたら太ってしまいそうです」
「おまえはやや細身なんだ。もう少し肥えた方が丈夫な子どもを産める」
「本気で言っているんですか?」
「側にいてほしいのは本当だ」
「それは権力者として? それともあなた個人として?」
大広間に流れる曲が変わった。
「ミスティア、一曲踊ろう」と答える代わりにフロアへ連れ出す。
彼女は逆らわなかった。
ふたりが現れると、自然とフロアの真ん中が譲られる。
向かい合い、お互いの手を取り合う。
音楽に身を委ねるようにゆっくりと踊り始める。穏やかで幸せな時間だった。争うことはなにもない。身体を寄せ合いながら、ただ相手のことだけを想う。剣も魔法も玉座も魔女も死もダンスの間は無関係でいられた。
このまま音楽が永遠に続けばいい。
ふたりは同じことを願っていた。
だが、夢が醒める時はいつだって突然だ。
音楽が途中で止まる。ざわめく場内の空気、やがて視線は一所に集まっていく。
「──父上!」
王直属の精鋭騎士を八人連れて、国王が姿を現した。
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