第23話 晩餐会

 長風呂の後、ミスティアは正装に着替えさせられる。


 ミスティアに用意されたドレスはまるで花嫁衣裳のような特別な華やかさをだった。


 光沢のある白い生地には凝った柄の刺繍が細かく入っており、さらにレースがふんだんに使用されている。大きく膨らんだスカートには幾重にもフリルで装飾されていた。腰回りを絞られたデザインのため、開かれた胸元の大きさが一層強調される。肘上まであるシルクの長手袋をつけ、首元や耳元には芸術的な細工を施された宝飾品が輝く。裾を引きずるほどのスカートに隠れたハイヒールにまで抜かりない。


 長い金髪は髪結いの手により綺麗に編み上げられ、白い肩や背中が大きく露出する。


 化粧を施されたミスティアは最高級の服飾で彩られて高貴な気品を纏う。


 そこにある美しい調和は、余人に真似しようのない本物の輝きだった。

 いつも魔女の野暮ったいローブを着て素顔や体型を隠しているのは、ひとえに女の一人旅で人目を引かないためだった。


 ミスティアの着替えを手伝った者たちも、王子の女性を見る目は本物だと出来栄えに大変喜んでいた。


「よく似合っている」


 着替えを待っていたヴィトーはその別人のような姿に満足そうだ。


「こんな豪勢なドレスを着せられるなんて、恥ずかしい」


 ミスティアは肌の露出も多く、着慣れないドレスに落ち着かない様子だった。


「俺の横に立つ以上、粗末な格好はさせられん」


 ヴィトーは当然のように手を差し出す。


「そちらも綺麗な格好をすると、きちんと王子様に見えるものなのですね」


 貴公子然とした彼の手を取りながら、ミスティアは思わず見直してしまう。


 正装したヴィトーもまた洗練された上品な雰囲気を漂わせる。

 こちらも贅を尽くした礼服をあっさりと着こなし、戦場でワイルドな印象はすっかり消えていた。整えられた髪型は彼の秀でた容貌を明かし、上背のある引き締まった体躯のスマートな立ち姿は目を惹く。

 腰元の剣も今日は儀礼用に装飾されたものである。


 飽食と運動不足で肥えた貴族とは明らかに一線を画す。

 参列するご婦人方はさぞや熱い視線を送るだろう。


 どこからどう見ても社交界の主役に相応しい華やかさは、まさに王者の風格だった。

 多くの大臣貴族たちが病床の王より、若き王子に期待する気持ちもわかる。


 ミスティアがそんな風にヴィトーの横顔を見ていたせいで、踏みだした足がスカートに引っかかって倒れそうになる。

 ヴィトーは素早く腕で支えて、受け止める。


「姿勢が悪い、あまりヨタヨタするな。落ち着いた態度でいないと周りから舐められるぞ」

「つ、疲れているんですから、しょうがないでしょう!」


 ミスティアは小声で文句を言う。


「……。まぁ黙って座っていれば、どこぞの貴族令嬢にしか見えないから大丈夫か」

「足腰が立たないのは一体誰のせいですか。この体力バカ!」


 ミスティアはジトーと目を細めて、ヴィトーを責めるように見る。


「自分でも驚いている。誤魔化すために婚約者と言ったつもりが、今はその気になっている」


 ヴィトーは視線を前に据えて、ミスティアを見ようとはしない。

 どこか不機嫌そうにも見えた横顔の原因はヴィトーらしからぬ緊張だった。

 それは出会ってから初めて見せる表情である。


「もしかして照れています?」


 ここぞとばかりにミスティアはからかう。


「うるさい。広間に出たら淑女らしくしていろ」

「あ、手を引くならもっとゆっくり歩いてくださいよ!」


 ヴィトーは誤魔化すように先を行くので、ミスティアもまた不満を隠さない。



 王宮の大広間には、高い天井から精巧なシャンデリアがぶら下がる。

 豪華絢爛な内装。壁面に描かれる絵画の数々には、聖剣であろう輝く剣を携えた人物が怪物を討つさまが数多く描かれる。


 特に目を引くのはひと際大きな剣神ゼボルディスの彫像だった。


 筋骨隆々の勇壮な男は大地に差した剣の柄に両手を置き、まるで侵略してくる敵を迎え撃つように正面を睨む。その迫力には鬼気迫るものさえあった。


 会場には多くの光源が灯されて、まるで昼間のように明るい。

 王子の帰還を祝うために馳せ参じた着飾った上流階級の人々で溢れかえっていた。


 ふたりで会場へ入ると、歓迎の拍手に降り注ぐ。

 ヴィトーはミスティアの手を引きながら、広間の中央をゆっくりと歩く。

 自分が無事であることの顔見せ、そしてミスティアのお披露目であった。


「ずいぶんと王子様は人気者なんですね」


 ミスティアは最初に面を喰らいつつも、この珍しい状況を楽しむ余裕があった。


「おまえも注目されているみたいだぞ」

「嫉妬の間違いでは? 特にご令嬢方の視線がやけに刺さるのですが」


 男性は初めて見るミスティアの美貌に素直に目を奪われていた。

 かたや女性方は無遠慮に値踏みをする視線を向けて、扇で口元を隠しながら囁き合う。


「ドレスが派手すぎたか?」

「そうですね。王子から露骨に特別扱いされているって感じが見え見えなので」

「政治的な牽制も兼ねている。どの派閥にも所属していないおまえを常に横に連れていれば、結婚話を迂闊に持ってこれまい」

「人を便利に使って」

「今日くらいはのんびり寛ぎたいだけだ」


 笑顔を保ちながらも、ふたりはこそこそと話し続ける。

 ヴィトーたちと帰還した騎士団の一行は、ドレスアップしたミスティアの姿に誰もが驚いていた。

 ふたりが主賓席につくタイミングで、正装姿のサムがヴィトーに耳打ちする。


「やはり王はご体調が優れず、本日は顔を出せないとのことです」

「わかった」


 サムは立ち去る前にミスティアの姿を眺めて「馬子にも衣裳ですか」と鼻で笑う。


「仮にも王子の婚約者相手に無礼すぎません?」

「融通は利かないが優秀な男だ」

「出世する気ないでしょう。いくら王子の親友でもあの態度なら罰せられても文句は言えませんよ!」

「本気で俺との結婚を考えるならサムへの処罰を考えなくもない。未来の王妃への侮辱は重罪だ」


 ヴィトーは含み笑いをこらえるように、横のミスティアを見つめる。


「正体を隠してあなたの隣でニコニコしていろと?」

「王妃の仕事は他にいくらでもある」

「──私には無理ですよ」

「結論を急ぐ必要はない。情報集めもこれからだ」


 ヴィトーは立ち上がって、酒杯を掲げる。


「皆、今宵はよく集まってくれた。我が父にしてドラゴンを倒した勇者、偉大なる王に代わって礼を申す。此度は我が精強なる騎士団の活躍によって辺境に隠れ潜んでいたとされる魔女の撃退に成功した。これで諸君らの愛するワインも毒を心配することなく飲めるぞ。無事の帰還を祝って、宴を楽しんでほしい。乾杯!」


 手慣れた挨拶をもって、ヴィトーが酒杯を捧げた。

 会場中に響き渡る乾杯の声を合図に、楽団は曲の演奏を始めた。


「よくも堂々とあんな嘘がつけたものですね」


 ミスティアは、さも自分が負けたような言い方をされて物申したい顔をしていた。


「村から魔女がいなくなったのは事実だろう。ワインにも毒は入っていないことも確認した。嘘はひとつも言っていない」

「今どこにいるとお思いです?」

「さぁて、俺には婚約者殿以外は目に入ってないからな」とヴィトーはとぼけてみせる。

「来客が真実を知ったら卒倒しそうですね」


 ミスティアも今はただ、せっかくの宴を楽しんだ。

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