第20話 魔女の条件

 市街地の賑やかな中心部を抜けて、丘の上に建つ城へ続く緩い坂道を上っていく。

 荘厳な白亜の城は巨大な手を広げるように聳え立つ。

 徐々に湖の全容が視界いっぱいに広がる。


 この見慣れた景色に、ヴィトーは故郷に戻ってきたと感じた。


 途中、丘の中腹に見えるのはかつて自分が母と暮らしていた離宮があった。近くには聖剣と先祖を祀る霊廟があった。しかしドラゴンを退治後、父が王位に就くと一帯はすべて取り壊れてしまった。


「あの湖の底に、王が倒したドラゴンが沈んでいるそうだ」

「え? それって水質に悪影響ないんですか?」


 ヴィトーが何気なく発した言葉に、ミスティアは顔をしかめた。


「あの湖は王都の水源となっているが、長らく水で異常をきたした者はいないと聞く。俺もここの水で育ってきた」

「あなたみたいな魔力抵抗の強い人は基準になりません」


 ミスティアはいちいち例外扱いする。


「モンスターの死骸が今さら悪影響を及ぼすのか?」

「どんな種類のドラゴンかにもよりますが、知っていますか?」

「俺も赤子同然の頃の出来事だからな。ただ、火を吹いていたと聞くぞ」

「なら可能性は低いでしょうが……」


 ミスティアの歯切れは悪い。


「もう十年以上も前のことだぞ」

「モンスターの血が含む猛毒を甘く見てはいけませんよ。たとえば川上で毒性の極めて強いモンスターが死んで、その死体から流失した毒で川が汚染される。川の水を使っていた川下の集落が全滅したなんて話もあります。まぁ、魔力抵抗が高いあなたには毒の混じった水くらい平気かもしれませんが」


 長旅で打ち解けたふたりの会話にもはや遠慮はない。


「相変わらず異常扱いか」

「まさかこの旅の間でアンヴェイルをまともに扱えるようになるなんて正直思っていませんでしたから。師匠がよほど優秀だったんでしょうねぇ」

「俺の才能と努力の結果だ」

「いいですか。調子に乗って無闇やたらと振り回さないでくださいよ」

「わかっている」


 この期に及んで幼子を嗜めるような言い方がおかしかった。


「せっかくの教え子が魔女狩りで殺されても悲しいので」

「俺は男だぞ」


「出会った頃に説明しましたが、人間は誰しも魔力を持っています。だから魔女狩りの対象になるのは魔法の知識を有して、かつ実際に扱える──女性に限られるのでしょうか?」


「え?」

「だって、あなたは詠唱を必要とせず魔法を扱っています。性別を限定しなければ魔女の条件にも当てはまりますよ?」


「昔話で魔女といえば女性と相場は決まっているだろうが……言われてみれば、そうだな」


 ヴィトー自身が魔女の息子、という立場にある以上、迂闊なことを言えない。

 ミスティアの投げかけた疑問に慎重に考える。


「男性が魔女として殺された事例は?」

「俺の知る限り、男性の魔女は聞いたことはない」


 答えながらヴィトーも苦々しい表情になっていく。


「もちろん外の世界には魔法を使う男性がごまんといます。きっとこの国にも魔法を使える男性は隠れ潜んでいるでしょう。それなのに、この王国で狩られるのは女性ばかり」

「古くからの先入観で対象が限定されているのか、あるいは」

「わざわざ魔女狩りの対象を女性に絞る別の理由がある?」


「──この件は俺に預けてくれ。父上に体調がいい時に直接確認する」


 ヴィトーの中で言い知れない疑念が渦巻いた。

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