第19話 王妃は何故殺されたのか

 剣飢えのヴィトーは、無葬剣フェイタルの名をしかと記憶に刻んだ。


「とにかく王子様の権限をもって剣、宝玉、鏡に関する不思議な逸話をできるだけ集めてください。情報が揃い次第、私が直接調査に向かいます」

「裏取りまでは、俺直属のスパイにやらせるぞ」

「王子様にはそんな陰の者まで飼っているんですか?」


 剣を振るう以外には興味がないと思っていた青年は案外としたたかだった。


「宮廷は魔窟まくつだ。王が病に伏している今、海千山千の大臣が権力を握ろうと隙あらば互いを蹴落とし合っている。そして、俺は王の唯一の息子。自分の娘を俺の妻に当てがおうと画策する連中が後を絶たない」

「モテる王子様はご苦労なされているんですねぇ」


 ミスティアは冷めた視線を向ける。


「笑い話ではない。相手次第では今後の国政も左右しかねん」


 ヴィトーはくたびれた声でぼやいた。


「政略結婚は為政者の重大事項ですもの」

「誰が味方か誰が敵か、上辺の言葉だけではアテにならん。相手の腹の内を読めるように情報を掴むことは欠かせない」

「あなたが剣を振りたがる理由がわかりました」

「真に信頼できるのはサムを筆頭に、俺の騎士団の連中くらいなものだ」

「しかし、王様なら跡継ぎの予備をいくらか設けておくものでしょう?」


 彼女の素朴な疑問に、ヴィトーは一本調子に答える。


「──王は他に子を成さなかった。俺の母である王妃を殺した後、王は新たな妻を娶ったが、ただのひとりもできなかった」

「それは……」

「死んだ第一王妃の呪いなど下らない噂が流れたりもしたものだ。王の体調が崩されたのも、ちょうどその頃からだから余計に信憑性が出ていた」

「愛が呪いに転ずることもありますからね」

「母上は魔女ではない!」


 ヴィトーはムキになって言い返す。

 手綱を引く手にミスティアはそっと手を重ねる。


「あなたにとって素敵なお母上であったと私も信じています」

「すまん。おまえは関係ないのに」


 少年の日の心の傷はどれだけ強くなろうとも癒されない。

 そこから逃げるようにヴィトーは己を剣術に駆り立て、強さを求めた。


「ただ、王が妻を手にかけてまで魔女狩りを強行する理由もまたわかりません。魔女に対する深い恨みでもあったのか、あるいはお母上との間に決定的な諍いがあったのか?」


 部外者であるミスティアは感情を差し挟まずに、疑問を投げかける。


「朧気ながら昔の父上は優しかったんだ。ドラゴンを殺して国の英雄にはなったが王はまるで人が変わってしまった……」


 どこか口惜しそうにヴィトーは語る。

 もはや埋まることのない父と子の断絶がそこにあった。

 ただ生物学的な血縁があり、受け継ぐべき王位への責務だけが親子を繋ぐ。

 勇者であった昔日の幻影を追いかけ、引き継がれるはずの聖剣が失われ、どこにでもある剣ですらまともに扱えなかった幼少期の苦悩を、ミスティアは容易に想像できた。


「いや、忘れてくれ」

「しかしながら妙な点は多いです。優しかったお父上は人が変わったように王妃を魔女として殺した。それからモンスターもろくにいないような国土で実行される魔女狩り」


 ミスティアは話を整理するほどに、どこか腑に落ちない様子だった。


 ──王妃は何故殺されたのか?


 その疑問を彼女もまた抱く。


「父上は、成し遂げた偉業の力に酔い痴れたのだろう」

「権力者が正気を失えば、訪れるのは腐敗と滅びです」


 長い時間を旅に費やし、国の興亡を見てきた魔女の言葉は重い。


「……王はもう長くない。周りは俺が成長するにつれて、病床の王に嫁がせるより俺に取り入る方に切り替えた」

「若く健康な男を誘惑して既成事実を作る方が容易いですからね」

「そんな不始末はせん」

「えー王子なら女を抱き放題なんじゃないですかぁ」

「くだらない話はここまでだ。おまえが国中すべて回っても非効率だろう。確証がとれてから赴けば十分だ」


「魔法の心得のない者が行ってもどうせ真偽の区別がつきません。万が一本物の場合、非常に危険です。逆に被害が拡大する恐れがありますので。この王国を危機に晒すことは、私も本意ではありません」


「……いつかは旅立つんだな」


「もちろん。私はそのために旅をしてきたんですから」


 ヴィトーはその迷いなき答えに、一抹の寂しさを覚えた。

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