第18話 三大厄災具
「ヲウスの魔女って、あのおとぎ話に出てくるやつか? 実在したのか?」
寝物語に聞かされる古いおとぎ話。ヴィトーも生前の母から教わった。
遠く西に、今は滅びた帝国があった。
強大な軍事力を有する帝国には、有名な四人の魔女がいた。その中のひとりがヲウスの魔女だ。魔女は不思議な道具を使って、次々に恐いモンスターを撃退したという。
「えぇ」
ミスティアは頷く。
「厄災具というからにはかなり危険な代物なのだろう、それが三つもあるのか」
魔女とはつくづく恐ろしい存在だと思う。
「剣、宝玉、鏡の三つです。私は三大厄災具を探して、破壊するために旅を続けてきました」
「破壊するために、探しているのか?」
「三大厄災具はひとつひとつがとても強力な魔道具です。心弱き者が手にすれば破壊と混沌をもたらすでしょう」
魔女の表情は固い。まるで罪を告白するかのようだった。
胸に抱える修理が終わった骨色の杖を握る力が思わず強くなる。
「何のために創られたんだ? ヲウスの魔女はそんな危険な魔道具で世界でも支配したかったのか?」
「最初は凶悪なモンスターに対抗する手段でした。時の権力者に乞われたヲウスの魔女は人々の平和を守るために、その魔道具を創りました」
新しい力は善なる目的のため、大勢の幸福を夢見て、純然たる願いの結晶として世に出された──はずだった。
「魔女を囲いこむ権力者がいたのか?」
どうにも魔女に対する悪いイメージの抜けないヴィトーは、話の前提でつまずく。
「こちらの王様のように魔法の力を徹底的に排除する方が珍しいですよ。武器はもっているだけで安心できる。そうでしょう?」
ヴィトーは自分の常識が限られたものであると痛感する。
ミスティアと出会うまで、魔法という技術はおとぎ話に語られる空想の類だった。
だが自分に魔力があることを知り、剣が砕ける呪いはただの魔力過多であり、それを利用して唯一無二の剣である壊魔剣アンヴェイルを獲得した。
まして力を制御できないまま、森の樹々を一撃で刈り取るような真似をしてしまった。
新しい知識や技術はそれ自体が力だ。
思いこみを捨て、違う視点から眺めてみれば、問題の解決を可能とする。
「──魔は魔を呼びますよ」
ミスティアは苦々しく、その戒めを口にする。
「……前にも同じことを言っていたな」
「他者に勝ちたい、そのために強くありたい、なぜなら生き残りたい。それらは人の生存本能そのものです。いつの時代も、権力者は、その欲望を叶えるために力を求めることは変わりません。──魔道具の矛先は、いつしかモンスターから人間に変わりました」
ミスティアの声に諦めが滲む。
過去は変えられない。失われた命は戻らず、痛みは消えず、恐怖が残る。
そして悲劇の記憶だけが緩やかに忘れられてしまう。
「当時、帝国がもっとも警戒していた北の小国がありました。そこに住む人々は大変魔法に秀でており、魔力量も高い。それでいて外部との交流を避け、閉じた楽園のような暮らしをしていました。彼らの王は魔王と呼ばれ、絶対的な力を有して君臨していました」
ヴィトーの知らない昔話だった。
その口振りから察するに、実際にあった出来事なのだろう。
「魔王ほどの強い力を持ちながら攻めてこない。その姿勢を帝国は信じられず、最後に攻め滅ぼしたのか?」
ミスティアは頷く。
「力はどこまでも争いの火種になり、犠牲になるのはいつだって
「それが三大厄災具と呼ばれた理由か……」
魔法に接して日の浅いヴィトーでさえ破壊の爪痕を想像するだけで恐ろしい。
後に残るのは地獄だけだ。
そこから回復することは容易ではない。
人の善性や活力だけでは限界がある。
「厄災具を求めて国同士が争い、所有者が移り変わる中で、いつしか散逸していきました。もしまた悪しき者の手に渡れば、新しい地獄が生まれます。それを私は阻止したい」
ミスティアの悲壮な決意がそこにあった。
「今は俺が協力してやる。そうひとりで抱えこむな」
「ありがとうございます、ヴィトー」
しおらしく礼を述べるから、ヴィトーも調子が狂う。
ローブのせいで普段は意識しないが、こうして懐の内側に収まると彼女はずいぶんと華奢なのがわかる。風呂に入れることも大層喜んでいるが、香油か何かつけているのかミスティアからは不思議といつお良い香りが漂った。
そんなことを意識している自分に気づいて、ヴィトーは我に返った。
どれだけ美しくても相手は魔女だ。
「しかし、三大厄災具の中でも剣があるというのは興味深い。ぜひ実物を拝んでみたい」
剣飢えとして性が疼く。
「バカを言わないでください! 一度握れば、それこそ呪われてしまいますよ!」
ミスティアは血相を変えて、振り返る。
「あなたはもうアンヴェイルを手に入れたんだから十分でしょう」
「一本あれば満足する、というものではない。それぞれに違った魅力があり、試してみたいのが蒐集家の常だ」
「浮気者の言い分ですよ。最低」
「俺はこの国でもっとも価値のあった聖剣を摑み損ねたんだ。憧れは募る」
伝説を知りながら触れられないのは歯がゆいものだった。
「子どもみたい」
「だが、ドラゴンを倒した聖剣だぞ」
「私が探している剣はそんな聖なるものではありません。膨大な力の代償に剣の使い手は正気を失い、死ぬまで戦わせる。いわば人を支配する呪われし魔剣です」
「ふむ、それは面白くないな」
自分の意志で振れないのでは意味がない。
「三大厄災具の剣──その古き名は無葬剣フェイタル」
口にするのもおぞましいとばかりの言い方だった。
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