第16話 決闘

「ほら、サム。剣を構えろ」

「嫌ですよ」

「俺に負けるのが恐いのか?」

「私が勝ちますし、また剣が無駄になるだけです」


 事実、真っ当な剣技だけならサムの方が上だった。

 ただし、戦場で独断専行するヴィトーに代わって副官として指揮に回ることが多いため、その腕前を披露する機会は少ない。


「それはどうかな?」


 ヴィトーは剣を抜く。


「王子、戯れはそれまでにしてください」

「これまでの鬱憤を晴らすいい機会だろう」

「臣下として王子に膝をつかせる真似などさせられません」

「ならば王子として命じる。剣を抜け、サム・ダニエル」

「……怪我をされてもしりませんよ。手加減は苦手なので」

「今日こそおまえに勝つから問題ない」


 サムも重たい腰を上げて、剣を構えた。

 焚火の揺らめきに浮かぶふたりの剣士の影。

 

 サムはヴィトーの言葉通り、以前とは剣を構える雰囲気が違うことに気づく。


 これまでの全存在を賭けるような火の玉のような苛烈さがなくなり、もっとどっしりと腰の据わった迫力を感じた。迂闊に手を出せば負ける。そう思わせるほどヴィトーの剣が放つ重さが増した。


「不思議なものですね。剣が砕けるあたなは変則的な攻め方しかできなかった。勢いと速さ、手数を組み合わせた力任せな剣はどうしても軽い。それが、なくなりました」


 ヴィトーもまた一目で成長を見抜く親友の慧眼に舌を巻く。

 相変わらずお手本のようなサムの構えには一分の隙もない。


 基礎を極めたことによる普遍性の獲得。


 教えられた通りの型を忠実に再現し、最小にして最大の動きをもって、音もなく正確無比な攻撃を加えてくる。力とは無縁の鋭さで相手を圧倒する。


 それは剣士が目指すべきひとつの到達点だ。


 ヴィトーは幼い頃から隣で剣の正解を見せられながら呪いゆえにどうあっても自分では再現しようがない。

 その歯がゆさを抱えながらも心折れることなく、剣を振り続けた。

 やがてヴィトーなりに勝てる方法を模索した末に、実戦で勝つこと生き残ることに特化してたどり着いたのが剣の重武装だった。


 また成長して敵を討つためにくつわを並べるようになってから、そもそもふたりが正面から戦うことはなくなった。


 王子は王子であり、臣下は臣下でしかない。


 立場が違う以上、もはや勝敗には意味がなかった。

 それでもこうして剣を交えるのは友として対等でありたい、相手より強くありたいと望んでしまう男の意地だった。


 夜の静けさが耳に痛いほど染み渡る。


 睨み合い、どちらが先に動くかを読み合う。


 勝負は一合で決まる。


 薪が爆ぜた音が合図だった。


「──!」「──⁉」


 反応はほぼ同時。


 先に動いたのはヴィトーだった。練り上げられた速度と力の合わさった刺突がサムの首元に飛んでくる。


 その狙いを察していたサムが、それよりも速く剣を奔らせた。

 剣が交差し、滑らせるようにしてヴィトーの重くなった一撃をサムは受け流して逸らした。


 それでおしまい。

 いつものようにヴィトーの剣は砕ける──のはずだった。


 剣は形を保ち、勢いそのままヴィトーの二撃目となって頭上から降ってくる。


 サムの反応がわずかに遅れた。まさかの驚きと、予測を超えたヴィトーの剣速に追いつけなかった。代わりに体捌きで直撃を間一髪のところで回避。


 それどころかサムはヴィトーの打ち下ろしの隙を見逃さず、すぐさま反撃を切り上げた。

 ヴィトーが右手に持っていた剣が弾かれる。


「私の勝ちです」

「いいや、俺の勝ちだ」


 ヴィトーは左手で抜き放っていた短剣がサムの脇腹に当てていた。


「二刀流は卑怯ですよ」

「剣を一本しか使うなというルールは決めていないぞ」

「実戦なら、あなたの左手の剣が当たるより先に私の反撃がトドメをさしていました」

「実戦なら、なおさら俺が剣一本で済むはずがないだろう。何年副官をやってきた。それにおまえの攻撃くらい避けているさ」


 どちらも自分が勝者であることを譲らない。


 口喧嘩を仲裁するように拍手が聞こえてくる。


 音の方に振り向けば、いつの間にかミスティアがふたりの戦いを観覧していた。


「おふたりとも見事な剣捌きでした。素晴らしい」


「見世物ではない」


 サムは唇を真一文字にして、剣を収めた。


「ミスティア、もう寝たんじゃなかったのか?」

「近くであんな殺気を感じたら、おちおち寝ていられませんよ」


 旅の道中、ミスティアは王子専用の天幕で寝泊まりをしていた。もちろん、その間に部下の者たちは中に入ることが許されていない。寝食を共にして、暇さえあればふたりで消えることから、周りのミスティアに対する視線も確実に変わってきていた。


 サムの嘆きは何も彼一人のものではないのである。


 部下たちの前では常にローブで顔を隠しているが、そのわずかに覗かせる美貌は王子を篭絡させるのも納得だと噂になっていた。


「子どもの喧嘩のような意地の張り合いでしたね。自分が必ず勝つってふたりともムキになっていました」

「ふん。田舎娘に剣の何がわかる?」


 サムは一貫してミスティアへの疑惑の眼差しを緩めることがない。


「でも、王子様の剣は変わったでしょう?」


 副官は険しい表情で、ミスティアから視線を切る。


「王子、私は先に失礼します。夜は冷えます。どうぞお身体にはお気をつけください」

「おう。おやすみ。決着はまた今度な」


 ヴィトーは先ほど斬り合った相手を平然と笑顔で見送る。

 主に背を向けた副官は小さく舌打ちをした。


「サム殿。剣の状態を改めておいた方がよろしいかと存じます」


 焚火から離れたサムが横を通った際、ミスティアがこっそりと呟いた。

 サムはわずかに足を止めて、ミスティアを睨むも彼女は素知らぬ顔で入れ替わるように焚火に近づく。


 ふたりから離れた後、サムはおもむろに自分の剣をあらためる。


「……手心を加えられていたのは私の方、だと」


 よく手入れされた長年の愛剣にわずかなヒビが入っており、サムは微笑を浮かべた。


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