第14話 壊魔剣アンヴェイル

 己の存在が世界と溶け合うことで、その鮮やかさが浮き彫りになる。

 極彩色の闇の中で、精神が澄み渡り、彼女の言っていた透明な何かを知覚していく。


 あぁ、確かにヴィトー・ラザフォードが発する魔力は燃え盛るような炎だった。あらゆるものを焼き尽くそうと天まで届かんばかりに火そのもの。


 そして自分より離れた場所に感じる人型の魔力は、ミスティアのものだ。

 彼女が放つ魔力は穏やかな日だまりのような色をしている。


「行きます」


 ミスティアの声が聞こえる。

 彼女から魔力が周囲に向かって流れていき、それらが収斂されて火球となっていく。

 目を閉じたままヴィトーにはそれがわかった。


 だが、気づいていても反応できるとは限らない。


 飛んできた火球を捉えるのが精一杯。もはや避けることは間に合わない。

 ヴィトーは逆に己の魔力をより強く放出した。

 その判断は賭けだった。


 ミスティアの言う、魔力抵抗が高い性質を利用して防御。

 ヴィトーが発した業火は火球を容易く吞みこみ、打ち消した。


「噓でしょう⁉」


 ミスティアはヴィトーの魔法のセンスに驚かされる。

 昨日の今日で魔法を初めて知った者が、咄嗟に自分の魔力の性質を応用するなんて思わなかった。

 防御としての有効性を実感したヴィトーは、魔力の業火の勢いを落とさない。


「面白いです!」


 試すようにミスティアは立て続けに火球を何発も撃ちこんでくる。

 瞼を閉じたままヴィトーは、そのすべてを打ち消す。


「もっと強いので、いきますよ!」


 桁違いの攻撃を迎え撃つべく、ヴィトーも自分の身に纏う炎を短剣の先端に集中する。

 膨大な魔力を束ねて、形なき己の剣を創造する。我が身に宿る燃え盛る炎をどこまでも内側に閉じこめ、凝縮し、さらに熱を高めていく。


「この炎は俺の怒りだ。理不尽な死を許さず、守るための力。俺だけが持つ赤き剣よ!」


 短剣の切っ先で魔力の炎は臨界点を迎えていく。

 先端に火花が散るように爆ぜた。


 人間よりも大きな直径の火球が迫りくる。

 樹々が軋みを上げるほどの空気が熱くなり、大地が一瞬にして渇いて焼けていく。


 ヴィトーはいまだ形なき剣を迷わず振るった。

 手応えがなかったのは、ヴィトーの力があまりにも強すぎたからだ。


 迫っていた熱は消え、静寂が戻ってくる。


 ヴィトーはゆっくりと目を開く。


 真紅の光剣が手の中で輝いていた。


 それは不定形な赤い輝きを揺らめかせた長い剣身に、根本からこぼれた魔力が左右に翼のように広がり、十字の形をしていた。


「おい、ミスティア! 見ろ、できたぞ! 俺の剣だ!」


 ヴィトーはその場で何度も腕を振りながら真紅の光剣が消えないことを確かめて、子どものように喜んだ。


 魔女の返事がない。遅れてミスティアが先ほどまで立っていた位置から離れたところで倒れていることに気づいた。

 その赤いローブが広がり、金髪が乱れて倒れる様は母の死に様を幻視する。


「ミスティア!」


 ヴィトーが短剣を投げ捨てて、動かない魔女に駆け寄る。

 途端、真紅の光剣はあっさりと消えてた。


「おい、しっかりしろ! 生きているよな!」


 彼女を抱き上げ、声をかける。怪我がないことを確かめ、頬に触れる。

 ミスティアはカッと両目を見開き、息を吹き返したように激しく咳きこんだ。


「はっ、死ぬかと思った……」


 ミスティアは恐ろしいものを見たように顔色が悪い。


「何があった? 俺は、おまえの魔法を斬ったんだろう?」

「もっとヤバイことをしていましたよ」


 ミスティアは背後をゆっくりと振り返った。

 森に強い風が吹き抜ける。

 こすれ合う枝葉の音が先ほどまでと違う。


 次の瞬間、手前にあった背の高い樹木がまず傾いた。


 それは連鎖的に隣り合う樹々を押していき、次々に倒れていく。


 鳥たちの逃げ出す羽音が雨のように降る。獣の鳴き声が聞こえる。


 太い幹を持つ樹木が次々に横倒しになって折り重なる激しく轟音が森中に響き渡った。


 音が止むと、森の一角は綺麗に刈り取られていた。


「これを、俺がやったのか?」


 ヴィトーは目の前の光景に唖然とする。


「まさかあなたの潜在能力がここまで高いとは誤算でした」

「何があったんだ?」

「あなたの魔力は剣となって私の魔法を破壊するだけにとどまらず、斬撃が衝撃波となってこちらの方まで飛んできたんです。杖を斬った時の、さらに強力なものですね」


 ミスティアは安堵のため息を漏らす。

 溢れた魔力はそのまま剣身を伸展させるようにして背後に広がる森の樹々まで到達。


 切断面は人の手では到底できないほど滑らかだった。

 その威力は巨大なモンスターさえ一撃で斬り伏せるだろう。

 ミスティアは自分が見出してしまった才能を空恐ろしく感じた。


「危うく私も胴体が真っ二つになるところでした。間一髪で避けられて良かっ──」


 ヴィトーは肩を抱き上げた彼女をそのまま抱きしめる。

 言葉を言い終える前に、鍛えられた胸板に押しつけられるように押さえつけられた。


「ちょっと、苦しいですよ! 痛いですってば、ヴィトー!」


 ミスティアは初めて王子を名前で呼んだ。


「──。王子の抱擁だ。喜んで受け入れろ」

「じゃあ、もう少し優しくお願いします」


 ヴィトーは先ほどまでの喜びが消えて、しょげていた様子だ。

 見かねたミスティアが仕方なく折れてみせた。


「言ったでしょう。私はあなたのお母上ではありません。ちゃんと生きているから安心してください」

「何か言ったか?」

「いいえ。あ、剣が出せるようになりましたね」

「危うく死にかけたぞ」

「それは私もです」

「すまん」


 ヴィトーは顔を背けて、ぶっきらぼうに謝る。


「よくがんばりました」とミスティアはヴィトーの頭を撫でてやる。


「子ども扱いするな」

「教え子の成長を喜んでいるんです。これは私の達成でもありますので」

「そうか。なら労う必要はないな」

「嬉しいなら、しばらくこうしてあげましょうか?」

「一国の王子に対して越権行為にも程がある」

「婚約者ということで、ひとつ大目に見てください」

「魔女が婚約者だとバレたら大変なことになる」


 上機嫌なヴィトーはそのままミスティアをお姫様抱っこで担ぎ上げる。


「そうだ。あなたの剣に名前をつけないといけませんね」

「名前なんて必要か? どうせ誰に見せるわけでもあるまいし」


 魔女の疑惑を持たれないためにも、ヴィトーは最初から誇示するつもりはなかった。


「魔は魔を呼びます」


 ミスティアは複雑そうな表情で告げる。


「どういう意味だ?」

「この世界の揺るがない理です。私たちの出会いは運命だったのでしょう。それが幸福なものか、さらなる災いを呼び寄せるのか。私が最後まで見届けるためにも、あなたの剣の名付け親にさせてください」

「好きにしろ」


 ミスティアはあご下に手を当て、わずかに思案する。


「あなたの赤い光剣は魔法を壊し、隠された幻想を暴く。それに相応しい名を授けましょう」


 魔女は師として弟子に、剣の名を告げる。


「壊魔剣アンヴェイル」


 その剣の名はヴィトー・ラザフォードの名と共に長く歴史に刻まれていく。

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