第13話 最初の訓練
「王子! どこへ行かれるのですか!」
「サム、男と女がふたりだぞ。野暮なことを聞くな。護衛もいらん。俺たちが戻るまで、ここで休んでおけ」
休憩のタイミングで、ヴィトーはミスティアを連れ立って森の奥まで進んでいく。
「こんなに離れると、戻る時も大変ではありませんか?」
「魔女から魔法の手ほどきを受けていると知られたら面倒だろう」
「そうですね」
「おまえの正体もバレたら厄介だろう。父上は妻さえ手にかけたお人だ。魔女にも俺にも容赦なく殺すだろう」
「他人様の親子関係をどうこう言うつもりはありませんが、憎しみはないのですか?」
「──だから魔法を少しでも学び、真実を見極める」
休憩場所から十分に距離を置いて、ふたりは向き合う。
「では、最初の実技です。私の杖を斬った時の感覚を思い出せますか? あれを再現できればいいだけのことです」
ヴィトーの手には、あの時と同じく短剣が握られている。
物理的に柄の存在を感じる方が剣の形をイメージがしやすい、というミスティアの指示だ。
「いきなりだな」
「一度できたことは、二度目も可能です。最初のまぐれを訓練による反復で当たり前にする。さぁ、いつも通り剣を構えてください。あなたは今、目に見えない剣を握っていますよ」
言われるがままヴィトーは短剣の先に、さらに長い刀身があると想像する。
「あなたは斬る瞬間に大量の魔力を放出する癖が既にある。それを利用します。無造作に魔力を四散させず、内側で固定して束ねる! 流出ではなく凝縮! 放出ではなく集中!」
ミスティアの言葉を手掛かりに、ヴィトーは正しい感覚を探り当てようとする。
「私と川で戦っている時を思い出して。あの瞬間、剣が出なければ死んでいたのはあなたです」
ヴィトーは目をつむり、真紅の光剣が生じた感覚を思い返す。
「……ダメだ、出ないぞ」
力をこめたり、念じたり、唸ったり、実際に剣がある想定で振ってみるが真紅の光剣は現れない。
「やはり剣士には剣士らしい特訓の方がよさそうですね」
ミスティアは、声を張って聞こえるほどの距離まで離れる。
「これから私の飛ばすものを斬ってくださーい!」
「斬るって何をだ?」
ヴィトーの質問に答える代わりに、ミスティアは詠唱を始める。
「火の玉よ、赤き蜂のごとく、迸れ」
彼女の周囲が揺らめき、球体の火がいくつも現れた。
「杖がなくても魔法は使えるのかよ!」
ヴィトーの驚きと同時に彼女の意図することを理解した。
火球がヴィトー目がけて飛んでくる。
ヴィトーは目を凝らしてタイミングに合わせて、その先に刀身があるという想定で短剣を振るう。
が、何も出ていない以上、手ごたえは一切なく、盛大に空ぶった。
身体の勢いが余ってわずかにバランスを崩す。
そこに二弾目が命中。
熱と衝撃による痛みが押し寄せ、ヴィトーは吹っ飛ばされる。
「おい、痛いぞ」
特注のコートのおかげで火傷にはいたってはいない。だが、あの火球の魔法は手加減なしで繰り出されていると痛みが伝える。
「もっと真剣にやってください。大怪我しても知りませんよ!」
「訓練じゃないのか?」
「実戦に勝る訓練なし!」
火球が連続して飛んでくる。
ヴィトーは構えた。今度こそ斬る。力みを捨て、集中力を高め、殺意を定める。
腕を振るう。空を切る。火球が掠める。後方で地面が爆ぜた。
まともに直撃すればミスティアの言う通り、無事では済まない。
幾度となく飛んでくる火球に挑み、そのすべてを消せず、辛うじて避けた。
「ダメですよ! 今のあなたは避けることを想定して剣を振っています。それでは何度やっても斬れません」
ミスティアの注意は当たっていた。
「じゃあ、どうすればいい。焼死体になるまで続けるのか?」
「仕方ありませんね。目を閉じてください」
「は?」
「聞こえませんでしたか? 目をつむった状態で斬ってください」
「却下だ。当たり所が悪ければ死ぬぞ」
それだけの威力は十分にあった。
「私の指導は厳しいと最初に言ったでしょう」
魔女は本気だった。
「あなたは目が良すぎる上に、ギリギリまで堪えてなお回避できる運動能力もある。それではいつまで経っても身体の感覚頼りで、魔力の知覚が磨かれません」
「どうやって見えないものを感じればいい?」
「少なくとも見えない以上、目を開けている必要はありません」
「言葉遊びはやめろ」
余計に混乱する。
ただでさえ一方的にやりこめられて少々イラついているのだ。
「あなたが目で追いかけている火の玉は魔力を火に変換した最後の状態にすぎません。魔力の流れはそれ以前にもっと複雑で多様で多彩なんです」
「もう少しヒントをくれ」
「──自分を魔力と同じ透明な存在になって、世界と溶け合ってください。ひとつになると、違いがわかるようになります。少し時間をあげます。集中してください」
「わかった。ちょっと待ってくれ」
ヴィトーはコートを脱ぎ、腰に差していた剣も置いた。
手に持つ短剣以外には完全な丸腰になって、再び魔女と向き合う。
目をつむり、意識を研ぎ澄ます。心を静かに保ち、己の肉体の感覚を脱ぎ去ろうとする。
透明な存在。
たとえば歩いている時に、足の動きや身体のバランスをとることを意識しているだろうか。何も考えなくても一歩目を踏み出す。着地。そのまま二歩目を出す。すべての動作を何も考えずにできるようになっている。
肉体は意のままに動く。
そこに雑念や邪念はない。あればかえって動きがおかしくなってしまう。
走る、避ける、跳ぶ、止まる──その意に対してもはや思考は置き去りにされ、肉体は純粋に躍動する。
戦いに没頭している最中、無駄は極限まで削ぎ落されていた。
「できない原因は恐怖か」
失敗すれば、死──その普遍的な恐怖を意識すれば、自分の自由は脅かされてしまう。
肉体は緊張して思い通りに動けず、精神は勇気を失って挑むことができなくなる。
その果てに待つのは自らの死だ。
死体に成り下がれば二度と動けず、最後の言葉も残せず、何も感じられなくなる。
死とは残酷で無慈悲で理不尽で、不可逆だ。
戦う力がないとは、誰かの死を何もできずに見逃すことになる。
「──そんなことッ、許せるか」
怒りが雑念を蒸発させる。無駄な思考を焼き尽くす。
そして、意識の空白が訪れる。
透明の意味を直観した。
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