第11話 異常が唯一無二の武器

「話をあなたの魔力に戻しましょう。指で私の手の光に触れてください」

「怪我しないか?」

「この程度で怪我させられたなら、昨日の戦いであなたは私に殺されていました」


 それもそうか、とヴィトーは言われた通り光に触れる。

 途端、光が弾けて散る。車内が再び薄暗くなった。


「消えたぞ」

「あなたの魔力が私の魔力を消したんです」

「俺の魔力量が多いせいか?」


「それだけではありません。業腹ながら、私のウッド・ゴーレムがあなたの一振りで撃破させられた理由がこれです」

「あの木の怪物が脆いからじゃない、と」


「これが異常点、その二です。あなたは魔力抵抗が高すぎる。その魔力に触れるだけでウッド・ゴーレムを構築していた複雑な術式があっさり壊されてしまったんです」

「本来は簡単に壊れるようなものじゃないんだな」

「例えば私たちが今乗っている馬車をすれ違いざま、完全にバラバラに壊すようなものです」

「……それは現実味が薄いな」


 ヴィトーは思わず馬車の震動に意識を向ける。

 王族御用達の工房で職人が技術の粋を尽くして作り上げられた一級品だ。

 台に車輪がついただけのそこらの荷車とは訳が違う。


「はい。馬車は丈夫な素材を使って、長距離を移動しても壊れないように頑丈な構造体として組み立てられていますよね。それを一瞬で壊すような所業です」


 ヴィトーは馬車の壊し方を想像してみる。


「単純に動きを止めるだけなら、車輪に剣を差しこむ。松明を投げこんで火をつける。いっそ崖の上から落とせばバラバラになるか。だが、どれも遠回しな上に偶然の要素が多すぎて、一瞬ではバラバラにはならないな」


 ヴィトーなりに可能な方法を模索するが答えは出ない。


「でも、あなたはそれができた」


 魔女は実に忌々しげだった。よっぽど根に持っているようだ。


「その魔力抵抗が高いと、どうして魔法が壊れる?」

「極論を申せばあなたの魔力には、他人の魔力を弾くという稀有な性質があります。私も長年様々な人を見てきましたが、他人の魔法を壊すほど魔力抵抗が高い人は初めてです」


 ミスティアは言葉通りの驚きを浮かべる。

 数百年を生きる魔女に噓はない。

 珍しいものを発見した喜びと扱いに頭を悩ませる戸惑いがない交ぜになっていた。


「なぁ、俺には異常が多すぎないか?」


 魔女という異端の存在にここまで言わしめる自分に苦笑を禁じ得ない。


「失礼。私も本当に驚いていたので、もっと慎重に言葉を選ぶべきでした。私が異常と言ったのは相対的に、あなたの魔力は量と質が突出して飛び抜けていたからです。決して欠点や欠陥という意味ではありません。むしろ、他の誰にも真似できない唯一無二の武器です」

「異常が、唯一無二の武器」


 その言葉は己の欠点を慰められて、むしろ認められた気がした。


「それこそ私の胸を刺した真紅の光剣は、魔法を生業にするものにとっては天敵ですよ」


 ミスティアはひきつった顔で低い声になる。

 魔女狩りを始めた王の息子が、天敵と称されるのは実に象徴めいていた。


「大げさだな」

「誇張ではなく事実です。恐怖以外の何物でもありません。もしも事前にあなたの特性を知っていたら、私は絶対に戦いませんでした」

「そこまでか?」


 ヴィトーは自分が思った以上に高い評価を受けていたことに驚く。


「まともに魔法が通じない相手と魔女が戦うと思います? あー末恐ろしい。あなたが魔法について無知で良かった」

「ミスティア。あの赤い光の剣はまた出せるのか?」

「やはり、剣飢えとしては気になりますか?」

「あぁ。使いこなせるようになりたい」


 ヴィトーは迷わず答えた。


「嫌だなぁ。覚えた途端、今度こそ私を刺し殺しませんか?」

「俺個人に魔女に対する憎悪はない」


 あくまでの王国の方針に従って、魔女狩りに従事しているにすぎない。


「意外です」


 ミスティアはヴィトーの言葉に目を丸くする。


「そうか?」

「王の息子であるなら魔女狩りの急先鋒として積極的に首を刎ねるのが正しい行動でしょう」

「俺は立場から命令を実行しているにすぎない」

「そのくせ魔女から魔法の教えを乞おうとしている。やっぱり変な人ですね」


 口振りに反して、魔女の表情は柔らかい。


「なんだ、その微笑は」

「本来ならば私も杖と一緒に斬られて死んでいました。そうならなかったのは王子様の内面がそうさせたのでしょう。あなたは偉そうで口は悪いですが、本質的には優しいんです」


 真紅の光剣が貫いたはずの胸に手を当てる。

 ミスティアは、ヴィトーが王子という立場で対外的には偉そうな振る舞いはみせても、こうして一対一になればさり気ない気遣いを感じていた。


 この青年は傲慢を装いながらも、大勢の生殺与奪を握る権力者としては繊細すぎる。


 ミスティアは、可哀想な人と思わず同情してしまう。


 名君に相応しい器でありながら、その責務に傷つき壊れてしまわないか心配になる。


「天敵が強くなるのは不都合か?」

「──武器は否応なく災いを呼びます」


 魔女は予言めいた忠告をする。

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