第10話 魔女の年齢

「手っ取り早く、あなたが知りたいことを理解できるように説明していきましょう」

「体系的に学ばなくて大丈夫なのか?」

「あなたは魔法のエキスパートを目指すわけじゃありません。それにご自分でも魔法の片鱗は既に感じられているでしょう。例えば、剣が砕けた瞬間に爆ぜる赤い閃光。あなたにはそれが見えていますよね?」


 魔女は鋭い眼差しで、王子の反応を見る。


「──あれの正体が魔力なのか?」


 その見立ては見事に当たり、ヴィトーは目を見開く。


「ご明察。毎回剣が砕ける原因は、あなたが無意識のうちに魔力を過剰に注ぎこんでいたからです。それが斬撃による衝撃で、剣の中に留まっていた不安定な状態の魔力が着火した爆弾のように一気に内側で弾け飛ぶわけです。つまり、呪いなんて忌まわしいものではありません。むしろあなた自身の稀有な才能です」


 ヴィトーは息を呑む。

 長年悩ませていた呪いの正体を魔女はあっさり解き明かしてみせた。


「思わずおまえを本気で妃にしたくなったぞ」

「気色悪いことを言わないでくださいよ。続けますよ」

「あぁ、頼む」


 俄然興味が湧いたヴィトーは一言一句漏らさないように聞き耳を立てる。

 その素直な反応にミスティアも悪い気はしない。


「前提の確認です。あなたが放出していた魔力とは、自身や世界を満たすエネルギーの総称です。たとえ目に見えなくても確かに存在する。生命力や体力、精神力、意志力、気分などを源にしながら生じています。こんな風に」


 ミスティアは手のひらを差し出す。

 その中心が淡い光を放ち、車内を明るくした。


「手が光り出したぞ⁉」


 淡い光が球体状に輝いているのが、ヴィトーの目にも確かに見えてい


「なんの予備訓練もなしに魔力光を知覚しているなんて。この魔法の才能がと剣技を合わせれば、かなり強力な魔剣使いになりそうですね」


 ミスティアは独り言のように呟く。

 彼女はどうにも他人の才能を磨くのが嫌いではない。

 思わぬ原石を発見するとどうしようもなく手を加えて、育ててみたいという欲求が疼く。

 だが、それが後に悲劇へ繋がることも珍しくない。

 浮かれかけた心をミスティアはすぐに戒める。


「今は何をしているんだ?」

「私の魔力を手のひらに集めているだけです。あなたの剣が砕けるのは、この現象のかなり極端な形で起こっていると理解してください」

「なら、魔力の量を制限できれば剣が砕けなくなると?」

「──そういうことです。だから、呪いでもなんでもありません」

「こんな単純なことに俺は長年悩まされてきたのか!」


 ヴィトーは天井を仰ぐ。


「そうでもありませんよ。一般的な魔女があなたのように膨大な魔力を常に垂れ流していたら、あっという間に死んでしまいます。平然としているあなたの異常点、その一です」

「一? 他にもあるのか」

「順を追って話しますから落ち着いて。ほら、イラついたせいでまた魔力が噴き出している。天井が焦げますよ」


 思わずヴィトーは視線を上に向けるが、特に変わった様子はない。


「感情に関係があるのか?」

「あなたも本気で怒ったら身体が熱くなったり、グッと力がこもったりしませんか?」

「そうだな」

「それと同じです。攻撃の際、剣に伝わる魔力量がさらに増えてしまう。その結果、剣の方が耐えきれずに崩壊する。あなたは平時の魔力が見えていなくても、斬撃により爆ぜる赤い光が見えるのは魔力が圧縮されて知覚されやすくなっているからです。実感ありますよね?」


 理屈は吞みこめた。


「なら、今の俺はおまえにはどんな風に見えている?」

「赤い魔力が全身を覆っています、まるで炎に包まれて焼かれているようです」

 魔女の目から見れば、正面に座る王子は炎が人の形をとっているような有り様だ。

「剣飢えの次は、火だるまか。サーカスじゃないんだぞ」


 ヴィトーは皮肉げに口を歪めた。

 そんな炎に巻かれたような男を前にしながら、これまでおくびに出さない魔女の肝の据わり具合には恐れ入る。

 要するに彼女は巨大な焚火と顔を突き合わせて会話をしていたようなものだ。


「霧の中でもよく目立ってましたから、頭も狙いやすかったですよ。まさか防がれるとは思いませんでしたが」

「その魔力が炎のように包んでいる状態は、俺や周りに危険はないのか?」

「あなたの体調におかしなところがないなら大丈夫でしょう。王子様はよほど魔力量が膨大なのですね」

「楽観的すぎるぞ」


 ヴィトーの切実さに対して、教えるミスティアの説明は軽い調子だった。


「歴史を振り返っても、覇業を成すような偉大なる指導者や将軍にはこのタイプの人が多いので驚くに値しません。その大人物の放つ魅力に人々は熱に浮かされたように扇動され、歴史の大きなうねりを生み出すことはよくありますので」


 昨日の戦いで、ヴィトーの存在が兵の士気を大いに高めていた。

 ミスティアの見立てに間違いはない。

 この剣飢えと呼ばれる若き王子は長く歴史に名を残すような星の下にある。


「十代の小娘がまるで見てきたような言い草だな」

「……あのー、もしかして私のことを見た目通りの女だと思ってます?」

「違うのか?」

「あなたより数百歳は上です」

「⁉ ずいぶんと若作りなんだな」

「魔法の極意を会得した者は人の理から外れやすいんです」


 魔女の横顔に悲しみの気配がよぎる。

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