第9話 呪いの正体
「噓⁉」
宮廷魔術師が粛清させれた事実を、ミスティアは驚愕するしかなかった。
「王の命令により魔女狩りが開始されると、手始めに宮廷魔術師は一掃された。もちろん魔法に関する書物や道具、それら一切のものはすべて焼き尽くされた。だから、我が王国では魔法が完全に抹消されている状態だ」
ミスティアは絶句し、顔色が悪くなる。
「そのような蛮行がまかり通るなんて、信じられない」
嫌悪と怒りが声に滲む。
「あぁ。この国には魔女の居場所がない」とヴィトーは無感情に断ずる。
「王様はどれだけ魔女が嫌いなんですか」
たったひとりの権力者の決定で、多くの血が流れた。
元来、魔女同士が連帯することは稀だ。それでも顔も知らない無実の魔女たちが理不尽な目に遭ったことを思うと、ミスティアの胸は張り裂けそうになる。
「俺だって知りたいさ」
ヴィトーは悲しげに目を伏せる。
「誰も王様を止められなかったのですか?」
「父は若き日に王家で先祖代々伝わる聖剣に選ばれ、十二代目の勇者となった。そして王都に現れた邪竜を殺し、英雄となった。その強大な力を誰も知っている。逆らえるわけがない」
「ありえません。竜殺しをただの人間に成すなんて不可能です。聖剣や勇者自身がなんらかの形で魔法の影響を受けているはずですよ」
ミスティアの否定は続く。
魔法に精通し世界を広く知る彼女にとって、その英雄譚はにわかに信じがたいものだった。
ただの人間が竜を殺せるはずがないのだ。
「我が一族の血には剣神ゼボルディスの神力が宿る。だから聖剣の声も聞くことができ、災いを退ける」
「聖剣の声ってなんですか? 無茶苦茶怪しいですよ」
「邪竜討伐の際に聖剣は失われてしまった以上、俺も聖剣の声の真偽はわからない。だが歴代の勇者たちは、確かに聖剣の声を聞いたと記録に残されている」
ヴィトー自身も伝承でしか知らなかった。
「それに剣神ゼボルディスの力は確かに存在する。おまえの怪物を倒したのがその証だ」
ヴィトーが熱心に語るのとは対照的に、ミスティアの冷めた反論が続く。
「……それは王子様が大量の剣を担いで軽々と動き回れたり、たった一振りで剣が砕けたりすることですか?」
「あぁ、厄介な呪いだ」
ヴィトーは己の手のひらを見つめる。
剣の扱いには細心の気を配り、握り方から構え、力加減、心持ちなど思いつく限りの使い方を試してきた。様々な流派の師から教えも乞うたが、根本的なところは変わらない。
これまでに握ってきた剣はすべて砕いてきた。
「呪い、ですか」
ミスティアは憐みを帯びた視線を送る。ヴィトーはそれに気づいていない。
「どれだけ訓練を重ね、実戦を経験しても変わらなかった。もしも聖剣が残っていれば、また話は違ったのかもしれないが」
竜の首さえ落とす名剣が一体どんなものなのか。
きっと聖剣ならばヴィトーが扱っても壊れることはないだろう。
物心ついた幼き日よりずっと聖剣に憧れ、恋焦がれていた。
「あなたの力に耐えうる剣はいまだ見つからない、と」
「あぁ。俺は王国中から理想の剣を探し求めた。北の山脈に名工の評判を聞けば注文し、南の地方領主が名剣を有しているのであれば譲り受け、西の市場に良い剣が出回れば買い付けさせ、東の谷に名高い剣が隠されているという噂があれば発掘させた」
王子という立場から金と人と時間を湯水のごとくつぎ込んで、自分の理想の剣を探し求めていた。
「まさに剣飢え、ですね」
ミスティアはヴィトーの異名に納得して、乾いた笑いを浮かべていた。
「正直、理想の剣に出会えないまま王宮で生涯を終えるのかと近頃は悲嘆に暮れていたところだ」
ヴィトーは、今後の人生を想像すると
聖剣に選ばれし勇者の息子がまともに剣を振れないまま王位を継ぐなど無様にも程がある。
「あなたは玉座より馬上の方が楽しそうですものね」
「自分でもそう思う」
ヴィトーは馬上で感じる速さや草原を吹き抜ける薫風が好きだった。
「しかし、王位継承者が自ら前線で戦うのはいかがなものです?」
真っ先にヴィトーを殺そうとした魔女から、そんな疑問を呈されるのは奇妙なものだ。
「ラザフォード家は剣神の血を引く者の責務として、
「それで王子自ら剣を振るうわけですか。あんな無茶な戦い方をして、命知らずにも程がありますよ。しかも剣の無駄遣いが酷い」
あの戦い方は正気の沙汰ではないとミスティアは肝を冷やす。
バカげていると言ってもいい。
「他に方法がないからだ」
一度で剣が折れるなら、必要な数だけ用意すればいい。
発想としては単純極まりないのだが、いざ実行に移して今日まで生き残り続けていることが驚愕の一言に尽きる。
帯剣する本数が増えれば強くなるわけでもない。
通常ならば物理的に重量が増えて鈍重になってしまい、いい的になる。
「弓や槍ではダメなのですか?」
「どんな武器でも一度使えば砕け散る。どれでも一緒だから一番得意な剣を選んだ」
「武器の大量消費なんて軍にとっては痛手ですよ。非効率極まりない」
「王子が死ぬよりマシだろう」
ヴィトーもそこは開き直っている。
己の立場をわかっているからこそ湯水のごとく剣を使い潰す。
「あなたは変な王子様ですね。冷静で無謀です」
魔女による寸評がヴィトーには実に愉快だった。
「あぁそうだろう。そのおかげであの木の怪物もあっさり倒せた」
ヴィトーは大した苦労もなかったという様子。
たったひとりに十二体もいた樹々の巨人を討伐された屈辱がミスティアの中で蘇る。
「あれだけの数を仕込んでおくのに、どれだけ苦労したと思っているんですか!」
「生きるか死ぬかの瀬戸際で、相手の事情など知るか」
ヴィトーの言うことはもっともだった。
ミスティアは意趣返しとばかりに、彼の知らない真実をあっさりと教えてみせた。
「あなたの高い身体能力や剣が砕けてしまう原因はすべて異常な魔力のせいですよ」
まるで寝ぐせを指摘するような言い方に対して、ヴィトーは神妙な面持ちで受け止めた。
馬車の中の空気が一転して張り詰める。
どこか雑談めいた軽さが一瞬にして霧散した。
「──。詳しく聞こうか」
「ショックを受けないんですね」
若くして場を支配する力を有する王子に、魔女も気圧されないように努めた。
「知らないことだらけなんだろう。いちいち反応していたら時間がいくらあっても足りない。俺は目的のために力が欲しい。そのために必要な真実を見極めたいだけだ」
すべては王を殺すためだ。
ヴィトー・ラザフォードの教え子としての真剣さに、ミスティアも応じる。
「わかりました。基礎からひとつずついきましょう。途中で飽きて寝たら、二度と教えませんからね」
「集中力には自信がある。始めてくれ」
馬車は平原を抜けて、鬱蒼とした森の深くへと入っていく。
窓の外から差しこむ陽光が途絶え、馬車の中は暗くなった。
いよいよ魔法の指導が始まる。
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