第8話 いざ王都へ

「どうして私が婚約者なんですか」


 王子専用の立派な馬車に揺られながら、魔女ミスティアは不満を隠そうとしない。

 いまだ自分の置かれた状況に納得できず、遠ざかっていくブドウ畑を見つめる。


 村は魔女という攻守の要を欠いたことで、大した抵抗もなく陥落。

 事後処理を優秀な部下たちに任せて、王子であるヴィトーは翌日には早々に王都への帰還の途についていた。


「最高級の馬車だぞ。空飛ぶ箒より乗り心地は悪くないはずだ」

「そうじゃありません!」

「いいじゃないか。一夜にして国中から首を狙われる魔女から王子の婚約者なんておとぎ話みたいで面白いだろう」


 対面に座るヴィトーは無邪気に言い放つ。

 平服に着替え、帯びる剣の数も一本になってリラックスしている。


「まったく面白くありません!」

「村の人々の安全は保証する。魔女は逃げたことにした以上、おまえがあの村でできることはもう何もない。大人しく馬車に揺られていろ」

「あの副官のサムとかいう人の嫌そうな顔を見ました? 絶対に私のことを魔女だと疑っていますよ」

「あそこまで露骨な嫌悪感を出すサムは珍しい。あれは傑作だった」


 ヴィトーは思い出して笑ってしまう。

 うららかな陽気の元、のどかな田舎道をひたすら進む馬車と供の者たち。

 当のサムももちろん随伴している。


「この王子、好き勝手がすぎる」


 ミスティアの嘆きに同情してくる者はいない。

 長い魔女としての暮らしでミスティアは他人の視線には人一倍敏感だった。


 馬車に乗せるにあたり着替えるように言ったが、彼女は頑なに自分の衣服を触れさせようとはしなかった。よって、いまだに年季の入った赤いローブを着た姿のままである。

 魔女が保守的なのは、長年身に着けたものに力が帯びるためだ。


「いいだろう、どうせ婚約者なんて方便なんだ。捕虜のくせに文句が多いぞ。むしろ俺の馬車に乗った女は泣いて感謝するというのに」

「今、捕虜って言いましたよね! 私は確かに聞きましたよ」

「人は誰しもなにかに囚われている。王子は血に、魔女は罪に」


 ヴィトーはわざとらしく煙に巻く。


「王子と魔女を同列に語りますかね。第一、魔女の罪なんてそちらの一方的な難癖でしょう」


 この魔女は感情がすぐに顔に出るから面白い。

 だからヴィトーは怒らせるとわかっていても、ついからかいたくなってしまう。


「悪いが魔女との話し方は習っていなんだ。そう目くじらを立てるな。王都までの長い道のりをお互い有意義に過ごそうじゃないか」

「暇つぶしには話すのが一番だと?」

「まさか魔女をこの場で抱くわけにもいかんだろう」


 ヴィトーが軽口を叩くと、ミスティアは急に身構えた。


「指一本でも触れたら殺しますよ」

「冗談だ。おまえの身の安全は保証すると約束した」

「特製の杖をぶった斬るような危険人物と同席させられて、リラックスできるわけないです」


 彼女の傍らにはふたつに斬られた杖が置いてある。伸びきった部分は壊れて戻らない。巨大な蛇の抜け殻のようだった。


「それはこちらの台詞だ。ここでおまえに魔法を唱えられたら俺の命も危ない」

「どうせ詠唱を終えるより先に、あなたの剣が私の首を刎ねますよ」


 ミスティアは己の首に手刀をトントンと当てて挑発する。

 この場におけるあらゆる優位がヴィトーにあることはお互いに了解していた。


「いちいちいがみ合っていても先に進まない。もう少し建設的な話をしよう」


 ヴィトーは背もたれから身体を起こして、彼女に向き直る。


「では王子様。私から魔法を学びたいのなら、その偉そうな態度を改めてください」


 ミスティアも膝を揃えて背筋を伸ばす。


「家庭教師殿。ぜひ魔法の極意をお教え願いおう」

「……やけに素直」


 ミスティアは拍子抜けしてしまう。


「正しき知識には敬意を払う」

「戦っていた時とは別人のような紳士ですね。てっきり私を縛りあげるのかと」

「婚約者を縛るような趣味はない。それとも拷問されるのが好きなのか?」


 ミスティアはウゲーと舌を出して嫌そうな顔をつくる。


「とにかく拘束しないのは、信頼の証として受け取ってくれ」


 身構えていたミスティアとしては気勢を削がれてしまう。


「教えられるのはせいぜい基礎ですよ。魔法の極意なんて一朝一夕では到底掴めません」

「俺も魔女に弟子入りした覚えはない」


 ああいえばこういう王子の切り返しにミスティアはムッとする。


「そもそも魔法の基礎知識くらい宮廷魔術師から手習い程度に学ばなかったのですか?」

「俺が物心ついた時には、王宮にいた連中はひとり残らず殺されていたからな」


 ヴィトーは平然と血なまぐさいことを言った。

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