第7話 魔女を婚約者とする
「王子様、提案があります」
お互い戦意喪失したことでひとまず戦いは終わった。
魔女は川から上がって、改めて切り出す。
「なんだ?」
「どうやらお互いに誤解があったようです。あなたは私が危惧したようなモンスターではない以上、命のやりとりをする気は失せました」
「だからといって俺がこのまま村に帰すと思うか?」
「私の存在が迷惑になる以上、どの道もう村には残れません。また旅の身空に戻って探し物を続けますよ」
別れには慣れているという様子で、魔女に感傷の色はない。
「では、今度は俺からの提案だ。おまえの命を保証する代わりに俺に知識を授けろ」
「はい?」
「喜べ、賓客として遇するぞ」
「ついさっきまで殺されかけた相手の庇護下とかありえません! 無礼な!」
魔女は無視して歩き出そうとする。
「その杖を壊したお詫びもさせろ」
ヴィトーもその背中についていく。
「ぐっ⁉」
その反応で、杖が壊れたことは彼女にとって大きな痛手だとわかっていた。
彼女は伸びきったまま元に戻らないの杖を手で巻き取っていく。
もう戦闘中のように彼女の意のままに動くことはなかった。
「武器がないと、いざという時に不便だろう?」
「私には魔法がありますので!」
魔女は明らかに強がっていた。
「未来の王と
ヴィトーは立場を最大限利用した好条件を次々に示す。
「なれ合いは嫌いです」
「これは命令だ。命を奪うだけならいつでもできる」
重武装の枷を解かれたヴィトー・ラザフォードの身体能力は誰よりも速い。
その俊敏な動きに魔女は一切反応できなかった。
「────」
魔女は首元の冷たい感触に息を呑む。
ヴィトーはいつの間にか背後から短剣を細い首に押し当てていた。
「じ、実力行使なんて最低ですね」
魔女は精一杯強がってみせる。
「俺も魔法で殺されるリスクを負っている」と短剣を収める。
「魔女狩りの元締めが、魔女の安全を保証できるんですか?」
まだヴィトーを信用しきれないと魔女はじっと睨む。
「俺自身の王位継承にも拘わる問題だ」
「つまり、事と次第によっては王になれないと?」
「あぁ。その時は君とふたりでまとめて処刑されるだけだな」
「やっぱり断りします!」
「おまえの身柄は俺が守る。我が始祖たる剣神ゼボルディスに誓おう」
ラザフォード家の守り神の名を口にする。
それは大変重みのある誓いだった。
「これだから生まれた時から特権階級はッ! すべて自分の思い通りになると思ったら大間違いですよ!」
「俺は納得がいく真実が知りたいだけだ。そして、おまえに可能性を見た」
「可能性?」
「俺は剣を振るう度に砕ける呪いにかけられている。だから、一本の剣でまともに戦うことができない」
「それでバカみたいに剣を担いでいたわけですね」
魔女はヴィトーの異常な武装した理由に得心がいく。
「おまえ、口の利き方に気をつけないと他の者が首を刎ねるぞ」
「守ってくれるんでしょう、王子様?」
「おまえが、さっきの赤い光の剣の使い方を教えたらな」
ヴィトーは自身から生じた真紅の光剣に実在性と有用性を感じた。
壊れない。砕けない。折れない。爆ぜない。
一本の剣を使い続けられる、という当たり前のことがヴィトーにはできなかった。
国中を探し回り、腕利きと言われる職人に作らせても満足のいく剣にはついぞ出会えなかったヴィトーにとって、あの真紅の光剣は希望そのものだった。
「…………信用できない時はすぐに逃げますから」
「用が済めば好きにしろ。魔女、おまえの名前は? 俺といる間は身分を偽ってもらうぞ」
「答える義理はありません」
「魔女と呼べば他のやつに殺される」
意地を張るより、命が大事。
そう割り切った魔女の少女は渋々名乗った。
「……ミスティア」
「いい名前だ。美しい君によく似合っている」
初対面の女の名前を照れずに誉める態度に、今度はミスティアが驚かされる。
言い返そうとした時、ちょうど丘の方からこちらへ向かって騎兵の一団が下ってくる。
その先頭にはサムがいた。
どうやら無事に村の制圧は終わったようだ。
「さて、どうしたものか……」
ヴィトーはあごに手を当て、思案する。
「王子、ご無事でなによりです!」
「村の方は?」
「掌握済みです。大人しく降伏してきました」
魔女はヴィトーの背中にさっと身を隠す。
「犠牲は?」
「我々に突破された時点で、村の者に抵抗する意思はなかったようです。ご命令通り、死者は皆無、我々の被害も最小限です」
「よくやった」
「それで隊長、例の魔女はどこに?」
ヴィトーは即座にこう答える。
「噂通り、箒に跨って空を飛んで逃げた。国境付近の山の方だ。深追いはしなくていい。魔法の厄介さは十分わかっただろう」
「わかりました。おい」
サムの横にいた騎士は馬を反転させて、指示を伝えに戻る。
「それで、そちらの女性は……」
「村の娘だ。名前はミスティア。魔女と戦っている時に巻きこまれてな、俺が保護した」
「では、部下に村まで連れていかせましょう」
赤いローブの肩がピクリと震えた。
王国は魔女本人ならずとも魔女の片棒を担いだ者に容赦しない。
その処罰は親類縁者にまで徹底的に及び、厳しく罰せられた。
他ならぬ王自身が、自らの王妃をその手にかけたことが魔女に対する苛烈さに拍車をかけた。
戦場で捕まった女、子どもは安全を保証する言葉とはかけ離れた扱いしかされないことを国中の者に知れ渡っていた。
「それには及ばぬ。彼女は俺の馬車に乗せろ」
「王子、それは一体どういう意味で?」
「彼女は、俺の婚約者として王都まで連れていく」
魔女は目を丸くした。
「正気ですか⁉」
サムは完全に友人としての顔で、ヴィトーとミスティアを見た。
確かに少女の可憐さは認めるが、王子の婚約者としては考えものだ。
「サム。言いたいことはわかるが従え」
王は静かに圧をかける。
「どこの馬の骨とも思えない田舎娘を未来の王妃にするわけにはいきません」
親友は決然と反対する。
「早く子どもを作れと言ったのは、他ならぬおまえだろう。俺は忠実な部下のアドバイスに従っただけだ」
「相手の格を考えてください」
「俺にも相手を選ぶ権利はある」
「……あの王様が認めるとは思えません」
「ここの名酒と勝利を手土産に、酔わせればいいさ」
サムはそれ以上なにも言わなかった。
剣飢えは魔女を逃がさない。
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