第6話 王子、魔女に興味を持つ
川の流れる音だけが聞こえる。
「なぜ殺さなかったの? いえ、殺せなかったのね」
魔女に話しかけられた途端、真紅の光剣が消えた。
手元にはトドメを刺すはずだった短剣が砕けることなく握られたまま。
その手が血に濡れているように見えて、ヴィトーは思わず落としてしまう。
脳裏によぎったのは母が死んだ時の光景だ。
「今のは、一体なんだ?」
「──そう。あなた、本当に魔法を知らずに使っていたのね」
魔女は、青ざめたヴィトーの顔と自身が生きていることから推察した。
「待て。俺が、魔法を使っただと?」
魔女の戯言と一笑に伏すには、ヴィトーに心当たりがありすぎた。
むしろ彼がこれまで苦しみ続けた“呪い”の解決の糸口がようやく摑めたことに密かな安堵すら覚えた。
「言葉通りよ。あなたは私を殺そうとして、無意識のうちに己の魔力で剣を創り上げていた」
やっと、この弱点を克服することができるかもしれない。
そう希望を抱いた直後、我に返る。
よりにもよって自分が魔法を扱えるということはすなわち母が魔女である事実が決定的なものになってしまう。
それは王位継承者として非常によろしくない事実だった。
「ありえない! 俺は魔法など知らない」
反射的に否定する。
「いくら否定しようとしても、私がこうして生きているのが何よりの証拠です」
「たまたま短剣を刺し損ねただけだ!」
「けど、私の杖はあなたの魔力による斬撃で見事に斬られて壊れました。近接戦もできるように頑丈な素材で作ったんですけどね」
魔女はしゃがみ込んで、川底に落ちた杖の残骸を拾い上げる。その断面は実に綺麗なものだ。
「あぁ、これは直すのに時間がかかりそう」
魔女はしょんぼりする。
「俺は魔女じゃない! 王国の王位継承者、勇者の息子、ヴィトー・ラザフォードだ! 魔女の息子なんかじゃない!」
そう叫びながらも、言い知れぬ心の痛みにヴィトーは表情を歪めていた。
「……誰でも魔力なら多かれ少なかれ有しているものです。仮にあなた方の言う魔女が魔力を持つ者だと定義するのならば、この世に生きるすべての人間はひとり残らず魔女として狩られることになりますね」
動揺するヴィトーを、魔女は冷静に嗜める。
今や魔女の言葉はしっかりとヴィトーの耳に届いていた。
そんな事実を初めて知る。
「────それなら母はなぜ魔女として殺されねばならなかった?」
幼き日より長らく言い出せなった言葉が口からこぼれた。
実の母親が目の前の魔女のような摩訶不思議な術を使った記憶はない。
すべての魔女狩りは母の死をもって始まった。それは王国全土に通達され、魔女とされた者は例外なく、有無を言わさず殺されてきた。
「それは私にはわかりませんよ」
望んだ答えを魔女が持っているはずもない。
しかし、魔女がヴィトーの知らない知識を有しているのは確かだった。
「おまえはどうしてこの村の味方をした?」
「たまたま訪れた時、この村のブドウ畑は疫病でやられかけていたんです。このあたりには他に産業がなく、王が課す重い税に苦しめられていました。頼みのワインが底を尽きれば飢え死にするしかないギリギリの有り様でした。一宿一飯の恩義で私が知恵を貸したところ、慕われてしまい、そのまま居ついただけです。旅暮らしに少々疲れていたんですよ。それ以上でもそれ以下でもありません」
「魔女が、人助けだと?」
邪悪な存在というイメージしかない相手が善行などヴィトーには信じがたかった。
「あのですね、私がワインに毒を盛ってなんの得があるんです?」
「魔女は厄災を呼ぶ。毒の水となった酒が行き渡れば、王国民の命を危機に晒す」
「こんな王国を滅ぼす意味は? 私はただの旅人。革命も玉座も興味ありません」
魔女は憤慨していた。
実際、この村のブドウ栽培は持ち直し、ワインの評判はそれまで以上に高まっていた。
その陰の功労者が彼女だったのは間違いない。
ただし魔法ではなく、純然たる知識の賜物らしい。
「どうやら認識を改めるべきらしいな」
ヴィトーは頭を切り替えた。
信じてきた前提を疑い、新しい知識や考え方が学ぶ必要がある。
魔女との戦いで、それを実感した。
そして彼女の言葉や知識に興味を抱いていることを自覚した。
彼女ともっと話したい。
それが結論だった。
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