第5話 真紅の光剣

 金糸のごとき輝くばかりに目映い黄金の長い髪が扇のように広がる。


 美しい顔の造詣は神秘的で、その白い肌は陶器のように滑らかで澄んでいた。長く濃いまつ毛で縁どられた大きな瞳は吸いこまれそうなほど深い青をたたえる。形の良い眉は意志の強さを物語り、高く通った鼻筋は知的さを漂わせた。


「女?」


 剣一本の代償に見合うだけの美しさがそこにあった。


 不覚にも心を奪われる。


 それはヴィトーがこれまで出会ってきた女性の中で、もっとも美しかった。

 対人戦に絶対の自信をもっていたヴィトーにとって刃圏まで届きながら、近寄らせてくれない相手は初めてだった。


 ヴィトーらしからぬ感情の動きが反応を遅らせ、魔女にわずかな猶予を授ける。


「痛いな、もう!」


 魔女は尻餅をついたまま杖の細工を起動する。

 突き出された骨色の杖が──バラけて長く伸びた。

 なめらかな表面は分割された途端、細かい突起が飛び出す。その刺々しい印象はまるで背骨が連なるように多数の節にわかれた。そのまま蛇腹状の鞭のように飛んでくる。


 ヴィトーは咄嗟に横に跳んだ。

 翻ったコートの裾がバッサリと切り裂かれていた。

 見たこともない武器だが切れ味は鋭い。当たればひとたまりもないだろう。


「魔女のくせに凶悪な武器を振り回すものだな」


 ヴィトーはすぐさま身体を起こして、魔女と一定の距離を保つ。


「武器が魔法だけと誰が決めましたか?」

「もっともだ」


 魔女の杖だったものが手元から伸びて、長い蛇のように悠然と宙を泳ぐ。まるで意思があるかのような生物的な動きにヴィトーは目を見張る。


 魔女は横薙ぎに杖を振るう。

 その鋭い動きは、鎌のようにヴィトーの首を刈り取ろうと迫る。

 武器を惜しんでいる余裕はなかった。

 剣を掲げて直撃を防ぐ。


「──ッ」


 そのまま剣を上方へ手放して、ギリギリのところで離脱する。

 無傷で凌いだが、ヴィトーの手元の剣はついに尽きた。


「アレを避けますかね」


 その瞠目どうもくすべき反応速度に、勝ちを確信していた魔女の表情が再び曇った。


「俺が勝ったら、それを貰おうか」


 ヴィトーの目がギラリと光る。

 それは獲物を狙い定めた際にこぼれる、どうしようもない欲望の光だ。見つけた以上は決して見逃さない。そんな強い意志が伝わってくる。


「権力者はすぐに他人の物を欲しがる。悪い癖ですよ!」


 宙をたゆたう魔女の杖の先端が槍のように迫った。

 寸前のところで回避した。


「その目の良さは厄介だ」


 魔女は容赦なく剣士の目を潰しにかかっていた。いや、当たっていれば頭蓋骨ごと貫かれていただろう。その杖捌きは精妙だ。

 そして蛇のような杖の不規則な動きは、ヴィトーの正確すぎる目測を大いに乱す。


 冷や汗をかいたのはいつぶりだろう。

 油断なく相手の動きを気にしながら、手持ちの短刀以外で武器になりそうなものを探す。ここに剣は落ちていない。せいぜい川底の石くらいだ。


 杖が乱舞し、ヴィトーは防戦一方となる。


 伸縮自在の攻撃は幾度となく叩きつけられながらも、ギリギリのところで回避。

 川底の足元は不安定だが、それでも剣がない身軽さのおかげで命を繋いでいた。


 本来ならば、あの杖で敵を牽制しながら詠唱の時間を稼ぐのだろう。


 だが、剣がなくとも果敢に懐へ攻め入ろうとするヴィトーは隙を作らせない。


 魔女は呼吸が乱れてしまい、落ち着いて詠唱ができない。

 乱舞の中、ヴィトーは踊るように躱し続ける。


「しつこいですね!」

「体力、には、自信が、ある!」

「ウッド・ゴーレムを倒したばかりでしょう!」

「あの、木の、怪物か。デカい、割に、弱かったぞ!」


 挑発するように軽口を織り交ぜる。


「⁉ さっさとケリをつけます!」


 細かい攻めから一転、溜めを作るために大振りとなる。

 その瞬間をヴィトーは待っていた。


 低い姿勢で走りながら片手で川底の石を拾い上げて、そのまま目くらましに投げつける。

 続けざまに、もう一方の手から短剣を投擲。


 魔女は慣れない近接戦による緊張感、ヴィトーの執拗な接近を凌ぐために疲労、そしてローブの裾は川の水を吸って重くなっていた。

 初めて守りに回ったことによる隙──それら複合的な要因がヴィトーに逆転の糸口を摑ませた。


 杖を操り、石、そして短剣を辛うじて弾き落とす。


 それだけで十分だった。


 伸びきった杖が魔女の元に戻るより先に、ヴィトーはついに懐に飛びこむ。

 手に新しい短剣が握られている。


 詠唱どころか息を呑むことさえ間に合わない。

 ヴィトーは短剣を魔女の心臓めがけて突き出す。


 だが、前に構えていた杖が直撃を防ぐ。


 それでもヴィトーの殺意は止まらない。


 接触の刹那──真紅の光が剣と化す。


 いつも触れれば炸裂するはずの赤い光は、収斂しゅうれんされて剣身となって伸びていた。


 それは闇夜で激しく燃え盛る炎のごとき神々しい輝き。

 人々が畏敬の念を抱くような燈火の色、あるいは痛みと恐怖を想起させる原初の危険な熱を想起させる。

 炎の化身のごとき揺らめく真紅の光剣は、魔女の杖だけを真っ二つにした。


「⁉」

「────ぇ?」


 目と目が合う。

 その決着に両者は同時に驚く。


 ヴィトーは己から発せられた真紅の光剣が杖を斬り、魔女の胸を貫いていた。


 光の剣は背中を突き抜け、串刺しにしている。


 それでも魔女は生きていた。

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