第2話 作戦会議
農村の入り口から目と鼻の先に戦陣を構えたヴィトー率いる騎士団。
彼らは昨日村へ使者を送り、最後の降伏勧告をした。
この一帯を支配する辺境伯は上質なブドウ栽培によるワイン醸造で巨万の富を稼いでいた。その秘密が、どうも魔女が一枚噛んでいるためらしい。
村ぐるみで魔女を匿っている嫌疑がかけられているとあっては、しかるべき対応を王国としても対応せざるを得ない。
ゆえに魔女狩りを行うべくヴィトーの騎士団は派遣されてきた。
だが到着した頃には村一帯は辺境伯の金満な私兵と武装した農民が徹底抗戦の構えをとられていた。
その殺気ばしった物々しい対応は、ここに魔女が潜伏しており、引き渡す気はないと自白しているようなものだった。
もしも魔女の手により毒の水と化したワインが王国全土に広がることがあれば大変なことになる。
攻め入る大義名分は既にある。
それでも余計な血を流さないために降伏勧告の送ったにも拘わらず、村側は応じる気配すらない。
期限の夜明けまでに回答がない場合、騎士団はただちに村へ進軍を開始する。
白い闇の中で朝日が差しこむ瞬間を、騎士団はじっと待ち構えていた。
「先がまるで見えないな。ここらの霧はこんなにも濃いものなのか?」
馬上のヴィトー・ラザフォードは濃霧を真っ直ぐに見つめて、行く先を見極めようとした。
「この霧が日中との気温差を減らすことで、良質の良いぶどうを育てるようです」
側に仕える副官のサム・ダニエルもまた馬に乗って近づいてくる。
ヴィトーよりも頭一つ高い青年は茶色の髪がたてがみのようだった。いつも気難しそうな顔で眉間に皴を寄せ、実年齢よりも老けて見える。上背が高く筋肉質で、いかにも遊びのない軍人然とした雰囲気だ。
こちらは全身を鎧で覆い、剣も一振りという標準的な武装だ。
副官の印である羽根飾りのついた兜を小脇に抱える。
「王の酒好きにも困ったものだ。魔女狩りなど進軍の口実で、本心では美味いワインを独占したいだけなのではないか?」
ヴィトーは軽口を叩いて、サムの仏頂面を解そうとする。
「王の御心はわかりかねます」
サムはつまらない返事ばかりで会話を続ける気はないことを示す。
「魔女狩りを始めて十五年だぞ。もう国中の魔女を狩り尽くしてしまったんじゃないか?」
「こんな国境付近まで足を運ばされて、空振りは勘弁願いたいものですね」
サムは事務的に答えるだけだ。
あくまで仕事と割り切り、役割に徹する。その四角四面な態度はいつだってブレることがない。
「魔女がいないなら穏便に済むだろう。まともに俺たちとぶつかって勝てるわけないだろう」
ヴィトーは無感情に呟く。
事前の調査による戦力差、練度を比べれば、勝ち負けは火を見るよりも明らかだ。
「残念ながら魔女潜伏の可能性がある以上は放っておけません。それが王国の秩序と安寧を守るためです」
「どうせ街道の娼婦が値段を釣り上げるために、また魔女を騙っているんじゃないか?」
宿場町では旅人を誘う常套句として、娼婦は魔女を自称することがあった。
時には与太話に尾ひれがついたせいで、騎士団が出動させられた事例もあった。
「自称・魔女の娼婦に骨抜きにされていた田舎領主がいましたね。あの時は戦闘よりも離婚問題の仲裁に付き合わされた方が厄介でした」
一気呵成に攻め落とす機動力に定評のあるヴィトー率いる騎士団だが、夫婦問題に関してはお手上げだった。
魔女の噂が聞こえる度、ヴィトーは騎士団を引き連れて王国全土を転身してきた。
「俺は戦利品に宝物庫から剣の一本でも貰えばいいさ。こういう地方の金持ちは案外名品を隠して持っているものだ」
「王子がそんな風ですから、国中から剣飢えなんて呼ばれるんです」
サムは呆れかえる。
「だが、サムよ。俺が死んでもいいのか?」
「ドラゴンを殺した勇者の息子にして偉大なるラザフォード家の血筋が途絶えることは王国の存亡にかかわります。むしろ自ら戦場に足を運ばすとも、我々に一任していただければ」
「──王は王。俺は俺だ」
ヴィトーは急に不機嫌になって、忠言をかき消す。
「どうします? このまま夜明けを待たずに霧に乗じて攻めこむのも一手だと思いますが?」
サムはあえて焚きつけるような言い方で、ヴィトーの精神状態を確かめていた。
「いや、どうにも視界が悪すぎる。このまま突撃しても罠にかかれば無駄死が出る。刻限までは、まずは様子を見よう」
ヴィトー自身は好戦的だが、その戦場における判断は極めて冷静だった。
犠牲を最小限に抑え、最大限の戦果を上げようとする。
その過剰武装による誤解や、根も葉もない噂を鵜呑みしている者や彼の実力をよく知らない者は、剣飢えというイメージから恐怖することも多い。
だが
「くれぐれも先走らないでくださいよ」
サムは口を酸っぱくして忠告する。
「俺が切り崩せば早く片づくぞ」
「戦場を好むのも結構ですが、さっさと結婚してお世継ぎを成してください。こんないるか、いないかもわからない魔女狩りより遥かに大事なお役目です」
ヴィトーはため息をつく。
「おまえも俺と幼なじみであるばっかりに貧乏くじを引かされたな」
私心を殺して、職務に奉じる友が最高の相棒であることに疑う余地はない。
「王子の尻拭いは昔から慣れているのでお気遣いなく。褒美は私の騎士団長に指名していただければ結構です」
「おまえこそ出世のことばかり考えてて気を散らすなよ」
「昇進したいなら真っ先に王子を闇討ちして、王宮から出られないようにしておきます」
サムの口振りは本気でやりかねないものだった。
ヴィトーは雑談を打ち切り、作戦に話を戻す。
「ただでさえ地の利が向こうにある上に、濃霧で見通しは最悪だ。どこから攻撃されるか油断ならん」
「
サムもまた簡潔に部下からの報告を共有する。
「本物か?」
「今回は、その可能性が高いです」
魔女狩りとして駆り出されて空振りに終わることは珍しくない。
「……罠だろうな」
「まぁ罠でしょうね。わざわざ目立つ場所に魔女らしき人物を立たせるなんて、攻めに来いと誘っているようなものです」
性格は真逆だが、こと作戦方針についてはヴィトーとサムが対立することない。
「撃破し制圧するのはたやすい。が、目的はあくまでも魔女の首だけ。女子供や老人は傷つけるな。村の設備も極力壊すな。使える物は残しておきたい。美味いワインはこの先も金になる」
ヴィトーは騎士団の力に絶対の自信があった。
戦闘は大胆不敵、しかし戦略は冷静沈着。
そのヴィトーの王者としての資質に、サムは満足げな笑みを口元に浮かべた。
「ここに集まった連中は王子を慕っている騎士ばかりです。全員承知していま──」
サムが言い終わるより早く、死が迫っていた。
音のない敵襲。
白い霧の奥から殺意が火球となって放たれ、それはヴィトーだけを正確に狙って飛んできた。
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