剣飢えは魔女を逃がさない〜王に復讐したいけど剣が壊れる呪いをかけられた王子、実は魔法の天敵だった件〜

羽場 楽人

第1話 王子は剣に飢えている


「おまえは魔女なのだ。すべての魔女は死ね」


 王である父は、その手に握った剣で母を迷わず殺した。


 美しい金の髪が血の海に沈んでいく。

 愛すべき母は物言わぬ骸となり、剣を放り捨てた王は四歳になる息子を抱きしめた。


 足元を濡らす母の血は熱く、生きているはずの父の腕は死者のように冷たい。


 王子であるヴィトー・ラザフォードは目の前の光景を受け入れられなかった。

 とても現実とは思えず、喉は震えて声も出ない。

 ただ涙が音もなく頬を伝う。


 王妃である母とふたり、離宮で遠ざけられていた暮らしをしていた。

 王宮の政治の腐臭も乱痴気騒ぎもここなら届かない。

 それは閉ざされながらも、穏やかで幸せな満ち足りた毎日だった。


「おまえこそ王の器だ。私の大事なものはおまえだけ。おまえさえいればいい」


 父の言葉は祝福か、呪いか。


 久方ぶりに訪れた父は最後にヴィトー自身の立場を思い出させ、無慈悲な死だけを残して、あっさりと去っていった。


 竜殺しの英雄で王となった男の命令は絶対だった。


 王は玉座につくと、王国全土に魔女狩りの命令を下した。

 例外は許されない。

 王が魔女だと断ずれば、たとえ愛した自分の妻でさえ魔女となる。


 だから殺した。容赦なく、例外なく、徹底的に。


 その厳然たる態度で範を示し、以後十五年に渡ってコルレア王国全土に魔女狩りの嵐が吹き荒れることになった。


 床に流れた血が黒く冷えた頃、凍りついてたヴィトーの手は物言わぬ骸となった母の身体に触れる。


 それは彼が初めて触れた死、そのものだった。


 瞬間、幼子の全身が赤い炎のような光に包まれた。

 ヴィトーから発せられる目映いばかりの真紅の輝きは巨大なかがり火となり、天井へ到達するほど燃え盛っていた。


 その炎上する光景を幻視した侍女が悲鳴を上げて、逃げ出した。


「王子様が魔女に呪われました!」


 信心深い侍女がそう勘違いするのも無理はない。


 呪いであろうと彼には関係なかった。


 ヴィトー・ラザフォードは力を欲した──王を殺せるほどの。


 身動きひとつとれず、母を見殺しにしてしまった己の弱さを後悔する。


 父の蛮行を引き止める声も上げらなかった。

 王を説得できるだけの知恵が足りなかった。

 人殺しを返り討ちにする力が足りなかった。

 怪物を戦う武器が自分は持っていなかった。

 すべてを覆すための剣が自分にはなかった。


「僕が必ずあの王を殺して、母上の仇をとります!」


 だが、その悲壮なる決意に反して王子ヴィトー・ラザフォードが剣をまともに握れることはついぞ訪れなかった。


 やがて人々はそんな彼を、剣飢えの王子、と呼んだ。


  ▼▲


 十五年後。


 夜明け前、濃い霧があたり一面を呑みこむように広がっていた。

 乳白色の白い闇に包まれて視界はすこぶる悪い。


 丘に沿って広がる豊かなブドウ畑では、収穫を迎える果実に雫のドレスを纏わせる。


 コルレア王国最北端の川を越えて、ブドウ畑を横目に王都から長らく行軍してきた騎士団があった。


 彼らは王国軍でも特に若い騎士を中心とする俊英部隊。


 その騎士団の指揮官こそが王のひとり息子、ヴィトー・ラザフォードだった。


「夜が明け次第、ただちに村に潜伏している魔女を見つけ出せ」


 すっかり伸びた黒髪は行軍の日々で雄々しく乱れている。

 母親譲りの美しかった面貌は幾度の戦場を経て、逞しい男の顔つきに変わった。

 齢十九となった若き指揮官には、これから始まる戦に対する気負いは微塵もない。


 そんなヴィトーの装備は他の騎士に比べて明らかに異質だった。


 まるで剣のドレスを纏うように武装した姿は戦陣のどこにいても目立つ。


 剣飢えの名を体現するように、彼の全身に帯びた剣の数が尋常ではない。


 全身黒衣に身を守るべき鎧の面積は最小限にとどめられた。致命傷となる部分だけに絞った最低限の保護しかしておらず、とにかく動きやすさを最優先にしている。


 鎧と引き換えに、ヴィトーは大小数え切れないほどの剣を装備する。


 まず腰の左右に剣を差し、背面に剣を二本負う。


 丈夫さと剛性を合わせもつ特注の黒いコート。その長い裾はいくつも分かれており、それぞれの表面には固定用のベルトがあり、鱗のように八本の剣がぶら下がっていた。


 つまり、たったひとりの男が実に十二本の剣を装備していた。


 その多すぎる剣が鎧の役目も兼ねている。

 他にもベルトやブーツ、手甲にも小さな短刀を複数隠す。


 戦場を動き回るには明らかな重量過多。


 まるで手元の武器がなくなってしまうのを偏執的に恐れているようだった。


 その重装備は、ヴィトーが乗る馬も同様だった。


 重たい装備でも戦場を駆け巡ることのできる屈強な黒馬、その表面を覆い尽くすように大量の剣が携えられていた。重騎兵すら逸脱する物々しい異形は見る者に怪物という印象を抱かせる。


 これら異常な剣の数は、偏執的なまでに剣に執着してきたヴィトーの生き様を体現するようだった。


 王への復讐を誓った王子は、今や王国でも指折りの剣士として成長していた。


▼▲▼▲▼


 新作ファンタジーをスタートしました!


 初日なので、一日で複数話更新します!

 この後、8:00、12:00、15:00、18:00、21:00と怒涛の投稿です。


 完結まで原稿が完成しているので、毎日更新の予定です。


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