スーパーじいちゃんの恋
Kay.Valentine
第1話
祖父が脳梗塞で緊急入院した。
大学一年の後期試験が終わった
翌々日のことだった。
幸い病気自体は軽かったのだが
失書症という後遺症が残った。
麻痺もなく会話も読字も正常なのに
書字のみ不可能という症状らしい。
リハビリはひらがなの練習からだそうで
三ヶ月ほどかかるそうだ。
おしどり夫婦だった祖母も
八年前に他界していたし
両親は共稼ぎで忙しいので
世話役は当然僕だと思った。
僕は早番のバイトを探し
仕事が終わると
毎日祖父の病室に顔を出すことにした。
僕は元来おじいちゃん子だったので
面会に行くのは楽しかった。
ただ、祖父は
元高校の国語教師だったので
今さらひらがなを習うのは
断腸の思いだったろう。
祖父は
二人部屋のベッドに
いつももたれかかっていて
僕が話しかけてもたいていは生返事だけ。
辛いのだろう。
しかし、真面目で律儀な祖父は
毎日真剣にリハビリ、
つまりひらがなの練習に励んでいた。
バイトが早く終わったある日
初めて隣のベッドの患者と会うことができた。
「祖父の小川一蔵がお世話になっています。
孫の小川雄一と申します」
「おお、噂通り礼儀正しい孫やなあ。
わしは武田というんや。大工だったんじゃが
若い頃から大酒のみでな
右半身が全然だめや」
祖父より十歳ほど若そうな
浅黒い顔の患者は
申しわけ程度に残っている白髪を
左の掌で
額から後頭部にかけて撫でるクセがあった。
「そういえば小川さん、
麻衣先生があんたの担当だって話やないか。
いやあ、羨ましいなあ。
葵わかな似の美人やないかね」
「たまたま、私の病気が奇病だから」
祖父はうつむいたまま唇を噛んでいた。
麻衣先生は病院のマドンナ的存在で
言語療法の中でも失書症を専門にしていた。
祖父は一日も休まず
ひらがなの練習に通った。
おそらく屈辱と自己否定の日々
だったのではないか。
それでも、
優秀な麻衣先生のもとで頑張った甲斐あって
二ヶ月もすると
一通りひらがなを書けるようになった。
そんなある日
いつもより遅く着くと、祖父がいなかった。
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