1-25
接敵する前に削れるだけ削る。
但し威力は控えめ、という何とも締まらない戦術。
恰好は付かないが、この距離からでも攻撃できるのは俺の強みなので存分に活かす。
狙撃の対象が馬鹿でかい人間の頭部に甲殻類の足を生やした不気味なものであることさえ除けば、多分順調な滑り出しのはずである。
あとヘッドショットが効果的ではないことに異議を唱える。
これをデザインした奴は直ちに修正パッチを入れてくれ。
事前情報でこいつのスペックは把握しており、数にして凡そ三万弱という今回の戦闘は問題なく勝利に終わる、というのが全員一致の意見である。
この頭部型タイプBは遠距離攻撃主体の地上型のデペスであり、主な攻撃主体が毒液の射出という文字だけ見れば厄介そうな相手である。
しかしこの毒液の毒性があまり高くない。
広範囲に散布されるように吐き出されるため、完全な回避がやや困難であるという点を除けば、特筆すべきことは何もなく、昆虫型と比べて防御性能は低く機動性にも劣る。
一応近づきすぎれば噛みついて攻撃してくるのだが、こちらも口を大きく開ける予備動作のせいで回避は容易く、複数種のデペスがいる場合は面倒だが、単体でなら脅威度が著しく下がる相手である。
それでも英霊たちは警戒する。
その理由はただ一つ、こいつらの吐く毒液がどう見てもゲロだからである。
口をすぼめて噴射するのではなく、開けた状態でごぽっと吐き出すのだ。
この映像が流された時は近接戦闘勢の英霊たちはほぼ全員が嫌そうな顔をした。
ちなみに頭部型のタイプAは噛みつきがメインの近接型で、白い禿げ頭はそのままに飛んだり跳ねたりする足が、カニからアリになっただけの使いまわし臭いデザインをしている。
要するに強さではなく、嫌悪感からくる警戒なのだ。
なので今回ばかりは遠距離でガンガン攻撃している俺を応援する英霊もいるくらいである。
もっとも、その人物が該当の映像を見て「ゲロじゃねぇか!」と全員の認識を一致させたデイデアラとかいうおっさんなのだから始末が悪い。
これがなければ何人かは間違いなく普通に戦うことができていた。
「お前がゲロとか言うから前衛が遠慮気味になってんだぞ。その分お前が働けや」
そんな後衛組の心の声が聞こえてくるが、このおっさんはどこ吹く風で「もっと早く撃てねぇのか?」とか「あー、当てんのはそっちじゃねぇだろ」とか俺に野次を飛ばしてくる。
そうこうしていると俺以外にも攻撃を始める英霊が出てくる。
前回同様に形成される弾幕が時間とともに濃くなっていき、敵の進軍スピードが落ちていくかと思いきや、ほとんど変わらぬ速度でデペスの群れは近づいてきている。
どうやら残骸まみれの悪路だろうが、あの八本足なら問題なく走破できるようだ。
距離がどんどんと縮まり、俺は武器をスナイパーライフルからロケットランチャーに切り替える。
バイクも出してそちら側でもロケランを選択。
これで両肩にロケランを担ぐことができるようになったが、撃つのは一発ずつである。
折角爆風で敵を少しでも押し出せるのだから、一発ずつ撃って少しでも時間を稼いで他に倒してもらった方が効率が良い。
しかし思ったよりも敵の数が削れていないように思える。
(事前情報通り昆虫タイプよりも耐久が高いのが響いているのか?)
心の中で舌打ちしつつ、ロケランを適宜効果的な場所へと撃ち込んでいく。
そろそろ前衛の出番か、と思ったところで嫌な予感。
またエルメシアが何かするのか、と思い後ろを見ると明らかに何かを放つ準備中である。
しかし警告は見えていない。
つまり俺が巻き込まれないことは確定。
「前衛! エルメシアの広範囲攻撃だ! 前に出過ぎるな!」
念のために警告を発する。
それに合わせて全体が下がろうとするが、それを止めるエルメシア。
「もう少し時間がかかるからそこで止めなさい!」
どうやら今のラインから向こう側が範囲のようだ。
覚悟を決めた前衛陣が横に広がり前線を構築する。
そして衝突する敵の群れ。
この光景を誰が言ったか「ゲロの波」。
別の意味で阿鼻叫喚となった前線では前衛がゲロの雨をかいくぐり、必死に頭部型のデペスを倒している。
人類を守る戦いから自身の尊厳を守る戦いに変わった瞬間である。
しかし必要以上に回避を重点に置く前衛陣ではこの群れの前進を完全に止めるのは無理がある。
ついに前線が突破された――と誰もがそう思ったとき、エルメシアの準備が完了した。
直後、空間に入る大きなひび割れ。
群れのど真ん中に大穴が開けられ、その一撃だけで約半数のデペスを消滅させたというのだから恐るべし。
「それじゃ、後は任せるわよ」
その結果を見届けるや、そう言って戦線離脱を宣言するエルメシア。
これに反発する英霊もいたが、エルメシアは「戦果の独り占めはよくないから」と聞く耳持たず空へ上がると滑空するように帰っていく。
「白、ヨシ!」と心の中で下着の色を確認して俺も抗議に参加しておく。
半数近く減ったとは言え、相手の数はまだ一万弱はいると見られる。
押し寄せるゲロの波が前衛陣を突破するのも時間の問題だろう。
このままでは俺もあの中に入ることになると悟った俺はバイクに跨りいざ発進。
「ずるいぞ!」という声が後衛陣から聞こえた気がするが、こっちは引き撃ちができるので大丈夫です。
そんな俺の前に誰かが弾き飛ばした顔がドスンと落ちる。
一つ、二つと立て続けに頭部型のデペスが落ちてくる。
第八期の絆が壊れた瞬間である。
これを突破すべくアクセルを全開。
ほとんどの足を失っている頭部型の顔面を道にして突破を試みるが、その先にも降り注ぐ禿げ頭。
無駄なところで連携をするなよ、と言いたくなるが、毒液を吐き出す傾向が見られたのでロケランでご挨拶。
臭いからその口を閉じろとばかりに地雷も投げつけ、進行方向を変えつつ飛び出した先にも落ちる顔面。
お前ら覚えとけよ、と誰にも聞こえていない捨て台詞を吐いた後、ロケットランチャーで自分諸共吹き飛ばす。
窮地こそ脱すれど、バイクの制御は不能状態に陥った。
ブレーキなど最早あってないような状況に、激しいスピンは俺の三半規管を殴打する。
だが散々VRゲームで鍛えられた俺がこの程度で負けるはずがない。
回転するバイクを足だけで掴み、むしろ加速することで強引に着地を成功させる。
ぐるぐると高速回転するバイクに跨ったまま、武器変更で両手に持ったアサルトライフルを連射し続け、周囲を攻撃しながら制御を取り戻し無事に静止する。
当然威力が足りないので周囲の顔が一斉に向かってくる。
格好よく決めたはいいが、どうやら俺はここまでのようだ。
ふと後衛陣を見るとゲロを逃れた者は空中に逃げた僅かな英霊のみだった。
人を呪わば穴二つ……英霊たちよ、他人の足を引っ張ることなかれ。
ふと目が合った誰かさんに向かい、俺はわざとらしく敬礼してやった。
何と言うか嫌がらせのためのような敵だった。
第八期の約九割がゲロの被害者となり、帰りは一名を除いて全員が無言。
あの乱戦でゲロ無被弾のデイデアラである。
また、この戦いでの負傷者はたったの一名。
その一名にしてもフレンドリーファイアなのだから、今回の敵の弱さがよくわかる。
後に詳細を知ることになるのだが、所謂「頭部型」というのは英霊を召喚する前の旧型であり、インフレにおいていかれた過去の産物なのだそうだ。
対人と対英霊では求められるものが全く違うので、こんな状況になっているのだとエデンの職員は語る。
ヘッドショット判定のアップデートは絶望的であることを知った俺は、ふと考える。
(……もしかして、製造装置とか管理するのがいなくなって、ただ出来上がったのを垂れ流してるだけ、とかないよな?)
システムとして未知の攻撃に対して適応しようとはする。
だが統率はなく、戦術の変更もしようともしていない。
この辺りに何か攻略のヒントがありそうな気がするのだが、もしそうならば既にこの戦いに決着はついていないとおかしい年月が既に経過している。
ともあれ、今俺が気にするべきは明日のリザルトである。
(今回の敵は弱かった。つまり解放される武器もその強さに応じて弱くなる)
確定ではないが、現状はその傾向が見られており、今回は正直期待できそうにない。
取り敢えず、帰ってシャワーを浴びることを優先したかったのだが……ゲロを被った者たちはまずは除菌室に放り込まれることになった。
全裸の男どもの中で迎える沈黙といったらない。
念入りに洗濯され、乾燥された軍服を受け取り、俺たちは真っすぐに自室に戻る。
時間は微妙だが、レーションをやけ食いしてさっさと寝ることにした。
こんなのでもディストピア飯よりかは幾らかマシである。
翌朝、早くに目覚めた俺はリザルトを確認する。
その中で見覚えのある名前のスナイパーライフルを発見し、俺は思わず両手で勝利ポーズを取った。
センチュリオン――それは紛れもなくTier3スナイパーライフルの名称であった。
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