1-22
訓練場に付いた俺は闘技場へと迷わず進む。
感情の整理ができず、今は何でもいいから発散したい気分だった。
とは言え、銃を乱射するわけにもいかないので、腰を下ろして床に座って顔を伏せる。
(恐らくこれはゲームのキャラであるスコール1の感情。それが俺に影響を与えている、ということなのか?)
だとしたら俺はどういう状況なのだろうか?
判断材料が少なく確かなことは言えないが、俺がスコール1というキャラに引っ張られているのは間違いないだろう。
(ロールプレイはまずかったか?)
キャラを演じることで尚更近づいてしまうのではないか、という不安とロールプレイをしたことでこうなった可能性が頭を過り、自分の所為なのかそうでないのかと悶々とする。
堂々巡りの思考が何度目かの周回を終えた頃、顔を伏せる俺に声をかける人物が現れた。
「待たせたな、スコール1」
俺は無言で頭を上げ、相手を確認して立ち上がる。
既にマリケスは槍を手にしており、戦う気満々であることがわかる。
遅れて入ってきたアリスが息を整え、何とも言えない表情のまま闘技場の使用ルールを説明する。
気づけば外周に英霊たちが集まってきているが、やはり娯楽に飢えているのだろうか?
「それでは、始めてください」
アリスが開始を告げると円形の闘技場が作動し、戦闘が始まった。
だが互いにすぐに攻撃に移るわけではなく、両者が構えたまま睨み合う形となる。
「戦場では弱い奴から死んでいく」
今の俺のことだな、と心の中で売られた喧嘩を買ったつもりでただ睨む。
「戦ってやつは戦う者同士でやっていればいい。だが現実はそうじゃねぇ」
民間人に犠牲者が出ない戦争なんてものはまずない。
戦火というのは燃え広がるから「戦火」なのだ。
「そんな当たり前のことを言うのが用件か?」
俺がポーカーフェイスのままそう言った直後に見える赤い警告の線。
初動がほとんどわからなかった神速とも呼ぶべき突き――頭部を狙ったその一撃を僅かな動作で回避する。
咄嗟であったが紙一重で躱すことができた。
しかしかなりギリギリの回避だったので、相手の力量を推し量るには十分と言えた。
突き出した槍を引き戻すことなく俺を睨むマリケス。
「スコール1、お前はまだ自分を兵士などと言うつもりか?」
何を言っているのかわからないので、無言のまま睨み合いを続ける。
「お前は英雄だ」と言って槍を引くマリケス。
直後に出現する警告は薙ぎ払いを示している。
後ろに飛んでこれを躱すが追撃はなし。
「あれだけの力、あれだけの功績がありながら、何故お前は兵士と名乗る?」
説明は有難いがそれはスコール1のものであって俺のものではない。
スコール1は英雄なのかもしれないが、俺自身はただのゲーマー。
何より、スコール1は自らを英雄と称するような描写はなかった。
「問答がしたいだけか?」
俺は左手にハンドガン、右手に刀のスタイルへと変更する。
再び警告の線が俺に向かって真っすぐに伸びた。
狙いは心臓。
その一撃を上体を捻って刀で逸らし、左手のハンドガンで相手の頭部を狙う。
響く二度の銃声は外れ、槍が引き戻されると同時に放たれた蹴りを肘で受ける。
「英雄というのは! 強くなければならないんだよ!」
僅かに浮いた体、そこに振り下ろされる一撃の軌道を刀で変えて地面に足を付ける。
バックステップで距離を取っての銃撃は槍に阻まれ、間合いはいとも容易く縮められる。
「弱い英霊は必要ない。それが理由か」
マリケスの連撃を躱した直後の俺の言葉にマリケスの手が止まる。
「確かに今のお前にあれだけの力はないのかもしれない」
先ほど見たスコール1の記憶の中での力と比較されたらどうしようもないが、これでもやれることはやっているのだから文句はご遠慮願いたい。
「だが、お前は示したはずだ。英雄と呼ばれるに足る力を、その生きざまを」
「だからこそ、今のお前の在り方を俺は否定する!」とまたしても意味不明な理屈を放ち攻撃が再開される。
「お前という器は、兵士では収まらない! 力を持ったならば! 力を示したのならば!」
お前は英雄でなければならない、と息吐く暇もないような猛攻を前に「勝手なことを!」と口以外は完全に守勢に回らざるを得ない状況に陥る。
要するにこいつには「英雄」の理想像があり、それを俺に押し付けている。
そう理解した瞬間、俺はブチ切れた。
そんな理由で俺はあんな思いをして、こんなに不安にさせられたのか?
先ほどまであった複雑な感情が怒り一つにまとまり始める。
「どうした!? お前の力はこんなものではなかったはずだ!」
こいつにとって英雄が弱さを見せるなどあってはならないのだ。
俺の攻撃を軽くいなし、カウンターを放つがそんなものには当たらない。
「俺は兵士だ。ただ戦場に赴き、勝つことだけが求められる!」
ハンドガンの弾が切れ、リロードすらもどかしいとばかりに武器を切り替える。
使用するのはショットガン――この近距離では回避困難な範囲攻撃となる。
しかしその攻撃特性を発射と同時に見抜いたマリケスは槍を回して大部分の散弾を弾き飛ばす。
「自らを殺し! 地獄の道を突き進み! それでもお前は救おうとした!」
その姿が英雄以外の何だと言うのだ、と叫ぶマリケスの声を銃声がかき消す。
救いたかったのは事実だ。
だが、それ以上に許せないから、憎しみからスコール1は戦い続けることを選択した。
それがキャラのストーリーであることを俺は知っている。
だから「ただの結果論だ!」と返す俺は槍を刀で受け止め、足が止まった隙にショットガンをねじ込むも、顔を僅かに顰めただけで終わった。
わかっていたがダメージがあまりに低い。
「英雄となる道を選んだのは、他ならぬお前だろうが、スコール1!」
「あの場に、俺以外に、できる者などいなかった!」
隊長のドッグタグを引きちぎるシーンを思い浮かべながら、意地のような反論の直後、ショットガンが蹴り飛ばされ宙を舞う。
「たとえ、世界が滅んでも、英雄が成した事実は消えない!」
一瞬の視線の移動が次の攻撃の反応を遅らせ、槍が左肩を切り裂くように通過する。
「俺がそうであるように! お前もそうあるべきだ!」
繰り出される槍とそれを受ける刀。
自力の差は歴然であり、経験の差も埋めようがない。
巻き取られるように刀が宙を舞う。
「英雄英雄うるせぇんだよ! スマホの押し売りやってんのか、てめぇは!」
地雷を具現化し、振り上がった槍の石突に向けて蹴り上げる。
指向性を持った爆発がマリケスの腕を焼き、槍が天井まで吹き飛んだ。
マリケスの視線が槍を追う。
今度はこちらの番だ、とばかりにその顔面を殴りつけた。
クリーンヒットしたことは間違いないのだが、やはり威力が全く足りない。
威力が足り過ぎて顔が爆散するのも嫌だが、この場合はせめて相手が吹っ飛ぶくらいは欲しかった。
そう思ったのも、即座に反撃の拳が俺の顔面を捉え、大きくのけ反るくらいには差があったからだ。
「強化服の性能が足りてねぇ!」と心の中で毒づきながら、次は俺の番だとばかりにマリケスの顔面を殴る。
そして次はこっちの番だとばかりにマリケスが俺の顔面を殴った。
「英雄は、人を守れる存在で、なくては、ならない!」
「理想を、いちいち、押し付けて、くんじゃねぇ!」
ただの殴り合いと化した場を支配するのはフィジカルだ。
だが圧倒的不利な状況であろうとVR格闘技講座の受講者ならば諦めない。
スペックで負けている単純な殴り合いでも狙うべきものはあるのだ。
言葉のキャッチボール(物理)を繰り返しながら、俺はただその時を待ち、狙い通りにその大振りの拳を額で受け止める。
強い衝撃、だが耐えた。
反撃とばかりに振った拳は力なくマリケスの胸に当たった。
先に限界が来た、と失敗に気づいたときには遅かった。
「守るべき世界がなくなっても、俺たちは、それだけは否定しちゃいけねぇんだよ!」
振り抜かれたマリケスの拳が俺を後ろへと押し出す。
引いて体を支えるべき足が動かない。
体勢が崩れる。
俺は後ろに倒れようとする体を戻すことができず、ばたりと床に背を付けた。
「地が出てんぞ、英雄」
起き上がれない俺が息も絶え絶えにせめてもの反撃を送る。
だが、これをマリケスは華麗にスルー。
「ここに集った英霊たちにも、守るべきものがあった。守りたかったものがあったんだ。その価値を下げるような真似だけはしてくれるな」
ようやく俺はこいつの怒りの原因がどこにあるかを理解した。
英雄の価値を下げるな――それは彼らが守ったもの、守りたかったもの価値までも下げることに繋がりかねない。
スコール1は「兵士」と呼ぶにはその功績や戦果が大きすぎたのだ。
(いや、それくらい口で言えよ)
「何なの、このバッドコミュニケーション?」と心の中で呟きながら、俺は意識が遠のいていくのを感じた。
次に目が覚めたら状況が良くなっていることを切に願いながら、俺はゆっくりと意識を手放した。
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