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 場面は変わり、プレイヤーが新チームの一人に選ばれるシーンとなった。

 記憶の映像は俺が強く思い浮かべたシーンを映してくれる。

 だが音声までは再生されておらず、最低限口頭での説明くらいは必要となった。


「ドッグタグ……認識票だな。あれがあれば顔のない死体でもそれが誰かすぐに認識できる」


 今映っているのは上官から新しく結成されたチームの首にドッグタグがかけられるシーンである。


「俺に与えられたコールサインは『ホープ3』だった。訓練課程を終えただけのチームに『希望』という意味の言葉を付けているあたり、当時の状況がよくわかる」


 苦笑する俺の前では敬礼する新兵たちとそれに応える上官の姿が映し出されている。

 そうして戦場に行く準備が整ったものから送り出され、そのほとんどが戻ってくることはなかった。

 自然と口から出る言葉。

 ただ過去の出来事を語るにしては不自然なほどに淡々としている。

 シーンが変わる。

 逃げ惑う住民と襲い掛かる虫のような形をしたコンクリートの塊。


「地球の建材を利用した侵略方法は『実に理に叶っている』という分析を聞いたことがある。連中が如何なる理由で地球を侵略しているにせよ、知的生命体は経済活動からは逃れられない。だから現地のものを利用しているのだろう、というのが研究者の見解だったと記憶している」


 ホープチームが一丸となって銃弾の雨を浴びせるも、相手はコンコリートの塊である。

 有効打にならず、本部からの指示を待つ以外にできることは遅滞戦術くらいだった。

 初陣は敗北に終わった。

 戦術目標は達成できず、敵は倒せど町は壊滅。

 シーンが切り替わるも流れる映像は皆同じ。

 分析し、戦術を練り直すことで敵は倒せど無尽蔵に溢れ出て街を破壊していった。

 勝っているはずなのに被害は拡大する一方の戦況を皆が疑問に思い始めた。

 

「それでも俺たちは戦い続けた。勝っていようが負けていようが、ホープチームは戦場へと送り出された」


 そして戦場のフェーズが変わる。

 地球上の町という町が壊滅した頃合いを見計らい、侵略者は本来の戦力を使い始めた。

 映像に映るのは高速で飛行する薄い楕円形の自立型戦闘機。

 かつて出現した宇宙人の母艦と思しき巨大な空中要塞の周囲を飛行していた兵器である。

 戦況は一変した。

 地球軍の戦闘機ではまるで歯が立たなかった戦力の登場により、地上の部隊は瞬く間に窮地に陥ることとなる。


「空軍を失い、海軍も機能不全と陥り、頼みの綱であった機甲部隊も壊滅した。結局『的が小さいなら生存確率は上がるはずだ』という希望的観測で歩兵だけが増えていく。実情は兵器を作るだけの余裕がないだけだったがな」


 そんな中、次々と映し出されるホープチームの死亡シーン。

 一人、また一人とその死を見送る中、大規模な作戦へとチームは投入された。

 残る隊員は二人――残ったのはチームリーダーを務めるホープ1とプレイヤーであるホープ3。

 よく生き残れたものだと思うが、それも熟練の兵士が敵の情報を得るために散っていったからに他ならない。

 十分な対策こそできなかったものの、戦況は決して悪くなかったと聞いている。


「この作戦では最後まで戦うことはできなかった」


 解説の後にそう呟く俺の前に流れるムービーシーン。

 爆発に巻き込まれ、バイクから投げ出されるように吹き飛ばされるホープ1。

 それに気づいた俺が車両の荷台から手を伸ばす。

 一瞬のスローモーション――伸ばした手を掴む直前に放たれた光弾がホープ1を消し飛ばした。

 残った右腕を掴み、叫びながら敵の飛行部隊に銃を乱射をしている記憶が映し出されている。

 気が付けば伸ばしていた手を戻し、淡々と音のない映像に合わせて俺は語る。


「その後の爆発に巻き込まれ、俺は意識を失った。目が覚めた時には戦いは終わっていた。だが、戦闘には勝ったそうだ」


 多くの犠牲を払うだけの価値がこの勝利にあると信じることしかできなかった。

 こうしてホープチームは俺一人となった。

 隊員が補充されることはなく、一人というチームで出撃していた。

 どこも人手不足なのはわかっていたし、優先すべきはここではないことくらい理解していた。

 何より、俺が他のチームに行くことを拒んでいた。


「俺たちは『希望』なのだから、と……現実すら見えていない俺はこのコールサインが消えることを頑なに拒み続けていた」


 戦争は続いた。

 地球軍は要所要所で勝利を納めはしたものの、荒れ果てた世界を立て直すことなど到底不可能に思えるほどの打撃を受けており、このまま戦闘が続けば人類存続の危機に瀕するとまで言われていた。

 だから早期決着のための計画を必要とした。

 その中核をなしたのが、当時負けなしとまで言われたチーム――「ライジングサン」に「テンペスト」、そして「スコール」チームだった。

 そのスコールチームから直々に指名が届いた時は驚いたものだ。


「『お前が希望であり続けたいと願うなら、うちに来い。本物の人類の希望ってやつを見せてやる』と隊長――スコール1に肩を掴まれて勧誘までされた。当時、人類の希望とまで言われていた人物にここまで言われたんだ。俺は頷くしかなかった」


 ただ生き残り続けただけの俺を引き上げてくれた隊長には感謝している。

 俺に与えられた新たなコールサインは「スコール8」――欠員となった隊員と入れ替わる形で入隊した俺を待っていたのは、覆しようのないメンバーとの実力差だった。

 目の前に映る映像では大型の特殊なバイクに跨り、高速戦闘を自在に熟すスコールチームの面々。

 正に一人一人が一騎当千でありながら、その中でも抜きんでた実力を持つ者がスコール1であり、彼の存在こそがこのチームを常勝無敗の存在へと至らしめていたことは明白だった。

 地上の敵すらも足場として駆け抜け、壁を走り、飛行型の自立兵器すら一撃で撃ち抜いてみせた。

 コンクリートで形作られた虫を駆け上がり、さらに加速をして飛び立った先にいた高速で飛行する敵を近接武器で叩き落とすスコール1のその姿は正に「人類の希望」そのものだった。

 速度を落とすことなく戦い続け、次々と敵を撃破するスコール1の姿に誰もが見入っている。


「実力不足であることは明白だった。だが、それでも俺は、彼らと共に戦えることを誇りに思っていた」


 戦場に出る度に突出したスコアを叩き出すスコールチーム。

 お荷物となることだけは避けたかった俺は、血反吐を吐いてでも食らいつこうと必死に足掻いていた。

 そんな戦い日々が続き、ようやく俺もスコールチームの一員として認められるようになった頃、侵略者がついに本格的な攻勢へと移った。


「これまでは全世界に万遍なく放出していた戦力を適切に振り分け始めた。結果、起こったのは特定のチームに対する集中攻撃。連中はついに、戦略的に地球の部隊を潰すことに決めたんだ」


 この事実はようやく宇宙人が地球軍を「敵」と認識したことを意味していた。

 宇宙人からすれば排除すべき敵――その中には当然スコールチームもあり、俺たちは何度も窮地に立たされた。

 だが、それでもスコールチームは勝利した。

 隊員を二名失いながらも、スコール1は空に浮かぶ敵の艦を沈めて勝利をもぎ取った。


「この戦果には『勝てる』と誰もが湧きたった。だが別の場所で起きた惨劇を聞かされ、誰もが静まり返った」


 ライジングサンチームの全滅、である。

 希望の象徴であるチームの一つが消えた。

 この事実は果てしなく大きく、またその理由があまりにも残酷だった。


「敵の母艦によるたった一発の攻撃。ただそれだけで町の残骸は消し飛ばされ、作戦領域内にいたチームを全て消滅させた」


 映し出されるのは件の一撃を放つ母艦の映像。

 高高度から地上に向かって放たれた超巨大なレーザーが地表を焼き、その熱量と爆風が全てを文字通り消し飛ばしていた。


「こんなものを再び使われては勝ち目などなくなる――その意見は正しく、あまりに無謀な作戦立案が通るくらいには状況がひっ迫していた」


 スコールチームの出撃シーンが映し出される。

 作戦目標は最初期に母艦から投下され、地表に突き刺さったままの謎のオブジェクト。

 幾度も破壊を試みるも、その全て失敗に終わったため、見送られ続けてきたものだ。

 研究の結果、これが地球の建材を利用した戦力増強の要であると推測され、この破壊を以て戦況を少しでも変える案が通ることとなる。

 それもまた、最大の脅威であるあの母艦に対する兵器を開発するために、必要な時間を稼ぐ手段に過ぎないことは誰もがわかっていた。


「隊長に『命をくれ』と言われ、俺たちは迷わず頷いた。母艦を始めとした敵の主力はテンペストチームとの戦闘中であることはわかっていた。この機を逃すわけにはいかない地球軍は、ここで何としてでも勝たなければならなかった」


 苛烈を極めた戦闘は長時間に及んだ。

 着実に実力をつけてきたとは言え、練度では到底彼らに及ばなかった俺は徐々にチームから引き離されていく。

 そんな中、突如として上空に敵の母艦が出現した。

 気づいたときには遅かった。

 着実にあのレーザーの発射準備が整う中、猶予はないと一斉に母艦に対する攻撃をスコールチームは開始する。


「だがあまりに遠く、そして遅かった。放たれた巨大レーザーは地表を焼き、スコールチームはその真っただ中にいた。俺を除いて……」


 爆風とその余波で吹き飛ばされた俺が目覚めた時、既に戦闘は終わっていた。

 地球軍の敗北――この戦いが終わったことを意味する光景を俺は必死に否定した。

 生きているはずだ、とスコールチームはまだ健在である、と俺は闇雲に灰色一色の廃墟で生存者を探し続けた。

 そして見つかったのは、下半身のない隊長だけだった。


「あの光の中、隊長だけは自分を守って原型を留めていた。どうやってかはわからないが、これで地球軍は負けたのだと絶望した」


 今までの戦いは何だったのか泣いた。

 俺が守りたかったものは何処へ行ったんだ、と叫んだ。

 答えはない。

 今の俺には何もなかった。


「全てを失った俺にあるのは、侵略者への憎しみだけ――だから俺は戦い続けることを誓った」


 だが、地球軍はどうだ?

 希望を失い、残る敵主力を引き付けていたテンペストチームの安否は不明。

 もしもテンペストチームが壊滅していたら?

 その懸念がある以上、スコール1の死を告げることは絶対にできなかった。


「だから俺は、希望になることを決意した」


 物言わぬ隊長の首にかけられたドッグタグを引きちぎる。

 代わりにはならないが、その胸に俺のドッグタグを押し付け、通信機器が取り付けられたヘルメットも交換した。

「HOPE」と刻まれたヘルメットが隊長の亡骸に添えられる。


「後悔したことはない。こうしなければ、人類から希望は失われ、これ以上戦うことなどできなかったのだから」


 だが、この日の罪悪感だけは決して忘れることはないだろう。

「こちらスコール1。状況を知らせてくれ」と俺は通信を送った。

 この一言で沸き立った司令部の様子を鮮明に覚えている。

 こうして俺はスコール1に成り代わり、偽りの人類の希望となった。

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