そんなヒトシに騙されて♪

縞間かおる

<これで全部>

 両手でなきゃとても持てなかった茶色のビール瓶で……幼いオレはグラスに真っ白いクリームの様な泡を作った。

 親父はそのグラスを取り、口元の剃り跡を“白い髭”でコートした。


 そんな風にして、親父は痛飲し、テーブルの上には空瓶が並んで行く。

 そう! お袋がブチ切れるまでは。


 でも、それが……『親父とはサッカーのパス練習はおろかキャッチボールをした事すら無い』オレの……親父との『遊び』の記憶だ。


 こうして、しこたま酔った親父はその勢いで「サラリーマンは気楽な稼業!」と口走っていたが……それは『ヒトシ』の受け売りだった。


 オレ、のが結構骨だった。

 経済的な苦労を差し引いても……まあ、が親じゃあ……子供のもたかが知れているから……大学を卒業するには『返済義務がしっかりとある奨学金』を積み増した。

 それでもサラリーマンになりたいと願ったのは……あの“古い記憶”によるところが大きい。

 きっとオレは……あの記憶の中の“ささやかな幸せ”を追い求めていたのだろう。


 でも現実は違った!


 ガチャン! と押すタイムレコーダーじゃなく、ICカードでの勤怠管理なんてのは序の口で……キチンと出勤していても決して恰好がつくものじゃない。


 パソコンを開けるとドッサリ溜まったメールがあらゆる“追い回し”を仕掛けて来るし……上司は容赦なくオレ達を呼び付け、あれやこれやと仕事を振る。


 そんな合間を縫ってでプレゼン資料を作ってみても……専任作成部署がある他社のプレゼンと比較すると明らかに見劣りし、コンペは惨敗、上司から叱責の嵐となる。


 ヤケ酒を飲もうと財布の中身と相談しながら立ち飲み屋へ行ってみると……

 いつのまにやらチケット制になっている! 

 もちろんツケなど利きはしない。


 麻雀、パチンコ、競馬に競輪??

 度胸や博才も無いオレには“勝ち目”も無い……


 仕方なく、安酒で「サラリーマンなんて辞めてやる!!」とみても既に借金まみれのこの身の上じゃ……

 会社辞めたら借金取りに追われるのは火を見るよりも明らかだ!


 ああ、あの唄は……『ヒトシ』とは……

 いったい何だったのか?!


 所詮は古き良き昭和の……幻の“象徴”でしか無かったのか……


 そんな“象徴”に親父は夢を重ね、家庭を持つ事も出来たが……


 令和を生きるオレには……

 は全くもって絵空事にしかならないのだ!




                             おしまい



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そんなヒトシに騙されて♪ 縞間かおる @kurosirokaede

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