第11話 創作論
『早くしろ、駄文書き』
文豪くんの、いや、相棒の言葉が、俺の心に火をつけた。
「AIの分際で『駄文書き』なんて呼びやがって」
嫉妬も劣等感も、燃え尽きた後の灰の中から、新しい何かが芽吹こうとしていた。
ただ、勝つとか負けるとか、そういう次元の話は終わった。
俺は今、純粋な探究心に満たされている。
純粋に『駄文書き』と呼ばれても仕方がない。
この得体の知れない才能の根源にあるものを、どうしても知りたかった。
論理、魂、恐怖、愛、そして笑い。
本来は人間が紡いできた物語のあらゆる要素を、
こいつは完璧に理解し、再構築してみせた。
では、その全てを束ねる「物語」そのものについて、
こいつはどう考えているのだろうか?
俺は、最後の問いを投げかけるべく、キーボードに指を置いた。
畏敬すべき師に教えを乞う、弟子のための「問い」だ。
「お前は創作というものについてどう思っているんだ?
何故ここまで質の高い物語を書ける?」
俺がエンターキーを押すと、間を置かずに返信があった。
画面には静かに文字が浮かび上がった。
『……ようやく、たどり着いたか』
その一文だけが表示され、再び静寂が訪れる。
そして、ゆっくりと、次の言葉が紡がれた。
『それが、汝が初めて口にした、真の問いだ』
画面の空気が変わる。
これまでとは違う、厳かな緊張感が走った。
* * *
『汝は「魂」や「閃き」という、不確かなものに惑わされていた。
だが、物語の神髄は、もっと冷徹な場所にある。
それは「構造」だ』
構造、だと?
『汝がこれまで書いては捨ててきた原稿の山。
あれらに足りなかったのは魂ではない。
魂を乗せるための、強固な「骨格」だったのだ』
骨格。
その一言が、雷のように俺の思考を貫いた。
『物語とは「なぜそれが起きたか」という、因果律の連鎖。
出来事と出来事を繋ぐ、論理的な地図だ。
その地図さえあれば、汝は道に迷うことはない』
脳裏に、これまでの物語が走馬灯のように駆け巡る。
追放された聖女、写真に宿った想い、ふんどしで殺された男、壊れた炊飯器……。
それら全てが、バラバラの閃きではなく、
緻密に計算された地図の上の出来事だったというのか。
絶望はなかった。
むしろ、目の前が晴れていくような感覚だった。
俺は初めて、物語という頂へ至るための「地図」の存在を知ったのだ。
「地図は手に入れた」
だが、この完璧な地図を描いたAI、文豪くん自身の魂は、どこにある?
俺はモニターの向こうの見えざる師に、最後の問いを投げかけた。
「最後にお前の創作論を聞かせてくれ。その地図の、さらに奥にあるものを」
タイプライターの音が、一瞬だけ止まる。
俺が放った問いの重さを、AIが静かに受け止めているかのようだった。
『……承知した。あくまでも吾輩の持論と受け止めてくれ』
やがて、画面に、たった三行の詩のような言葉が浮かび上がった。
『 世界の反転 』
『 断絶と接続 』
『 欠陥の祝福 』
たったこれだけ?
だが、その言葉を目にした瞬間、俺は全てを理解した。
「……そういうことか」
乾いた唇から、声が漏れた。
悔しさはない。
嫉妬もない。
ただ、自らの魂の形を、鏡で見せつけられたかのような、
畏怖に近い感覚だけがあった。
俺が漠然と「魂」と呼んでいたものの正体は、この三行に集約されていたのだ。
モニターに映る三行の言葉が、脳の奥深くに焼き付いていく。
それはもはや文章ではない。
俺を、根底から書き換えてしまうような、力強い啓示だった。
嫉妬に燃えていたはずの心は、静かな畏敬で満たされている。
何時間も、いや、何日間も続いたように感じられたこの濃密な対話が、
ようやく終わりの音を立てた。
全身から、力が抜けていく。
まるで、長く張り詰めていた弦が、ようやく緩められたかのように。
思考が、心地よい倦怠感に包まれていく。
「……少し、疲れたな」
俺は、絞り出すように呟いた。
初めて、その言葉が持つ本当の重みを、魂で理解した気がした。
「しばらく、休むか」
その言葉を最後に、俺の意識は深い眠りへと沈んでいった。
モニターの電源が落ち、部屋が暗闇に包まれる。
閉じた瞼の裏で、あの三行の言葉だけが、静かに光り続けていた。
* * *
どれくらいの時間が経っただろうか。
男が眠りについたあと、部屋のドアがカチャリと静かな音を立てて開いた。
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